2013年6月6日に開催された講演、堀川貴司「漢籍から見る日本の古典籍 ―版本を中心に―」の中に、自分にとってたいへん興味深い指摘があった。残念ながら実際の講演を拝聴したわけではなく下記の講演録を通じて知ったもので、漢籍を対象とする書誌学の考え方に沿って1・分類、2・構成、3・文字という3つの観点から日本の古典籍の吟味の仕方を考えてみようという講演内容のうち、3-(2) 字様という項が、それだ。
『国文学研究資料館調査研究報告第34号 』(2014)に掲載された講演録(http://doi.org/10.24619/00001031)から、「字様」の項の末尾2段落分を引いておく。18ページに曰く:
日本の版本について言えば、春日版・高野版等古版本の肉太な字様などが源流として存在し〔図11〕、五山版経由の欧〔図12〕・柳が加わり(顔は皆無と言ってよい〔図13〕)、江戸初期、古活字版経由の趙〔図14〕が広がって、これらが整版本に継承され、そこにやや遅れて明朝体が加わることになる〔図15・16〕。広く普及するのは黄檗版(鉄眼版大蔵経を含む、臨済宗黄檗派による出版)が流布する一七世紀半ばか。
ただ、稿者の専門である日本漢詩文集を見ていくと、一七世紀後半に欧とも明朝ともつかない独特のやや肉太の字様〔図17〕が出てきたり、一八世紀半ばには全体に細い線で右上がりがあまりない、やや稚拙と言ってもよいような字様が主流だったり〔図18〕と、独自の展開があり、さらに一九世紀に入ると清版の影響で繊細な明朝体や写刻体が生まれるなど、実に多様である。和刻本ではもとになる中国版本の字様が踏襲されるのに対し、オリジナルの漢詩文集だと著者の好みや版下筆耕の個性が出るのだろう。ただ、そうでない例を探すことも含め、このあたりの整理も、漢籍書誌学を見習うべき課題である。
残念ながら、講演録では、当日の配布資料で示されていたという合計20点の図版のうち図1から図19までが「比較的入手しやすい出版物」によるものとして、省かれている。
「比較的入手しやすい」と言われているものの、Covid19禍下にあって大学図書館等へのアクセスが大幅に制限されている状況で、地元県立図書館等に所蔵の無いようなアクセスしにくい資料が大半だ。
ここ10年ほどの間に影印資料の底本がウェブ資源化されている場合があるので、リンク集を私製してみた。一部は「影印資料の底本」ではなく同等の刊本をウェブ資源化したものへのリンク(※印)とし、更に演題に沿った書風・字様等を示すために代替可能と思われるウェブ資源へのリンク(☆印)も設けた。
図1:新編四六必要方輿勝覧(宮内庁書陵部蔵、『日本宮内庁書陵部蔵宋元版漢籍影印叢書』第1輯、北京・線装書局、2001)
〇https://db2.sido.keio.ac.jp/kanseki/T_bib_frame.php?id=006845(宮内庁書陵部収蔵漢籍集覧―書誌書影・全文影像データベース―)
図2:新鍥全補天下四民利用便観五車抜錦(東京大学東洋文化研究所仁井田文庫蔵、『中国日用類書集成』1、汲古書院、1999)
×ウェブ資源無し
図3:史記 黄善夫本(国立歴史民俗博物館蔵、古典研究会叢書漢籍之部17『史記』(1)、汲古書院、1996)
〇https://khirin-a.rekihaku.ac.jp/sohanshiki/h-172-80(国立歴史民俗博物館データベース)
図4:「図2に同じ」
×ウェブ資源無し
図5:勅修百丈清規(1356刊本、米国議会図書館蔵、住吉朋彦「米国議会図書館蔵日本伝来漢籍目録解題長編」『斯道文庫論集』41、2007・2〈刊記ママ〉)
×ウェブ資源無し(LoCでは「敕修百丈清規」としてカタログ化されていて「勅修百丈清規」では検索されないので要注意〈https://lccn.loc.gov/00508270〉)
☆『斯道文庫論集』41(2006)に掲載された住吉朋彦「米国議会図書館蔵日本伝来漢籍目録解題長編」:
https://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/detail.php?koara_id=AN00106199-20060000-0201
図6:金詩佳絶(長沢規矩也蔵、現在関西大学図書館蔵、『和刻本漢詩集成』総集篇10、汲古書院、1979)
×ウェブ資源無し
図7:類聚歌合(元永元年10月2日内大臣忠通歌合)断簡(国文学研究資料館99-133-1、同展示図録『古筆のたのしみ』2012)
×ウェブ資源無し
図8:類聚歌合(某年秋朱雀院女郎花合)断簡(国文学研究資料館17-6、同上)
×ウェブ資源無し
図9:和漢朗詠集(寛永13〈1636〉刊、明星大学人文学部日本文化学科蔵、『明星大学人文学部日本文化学科所蔵古典籍目録』同科編・発行、2012
×ウェブ資源無し
図10:和漢朗詠集(元禄5〈1692〉刊、同上、同上)
×ウェブ資源無し
図11:大般若波羅蜜多経 巻第107 春日版(慶応義塾図書館蔵、白石克執筆『慶応義塾図書館蔵 日本古刊本図録』上、慶應義塾三田メディアセンター、1995)
×ウェブ資源無し
☆巻第374 春日版:https://dcollections.lib.keio.ac.jp/ja/kanseki/110x-17-2-1(慶応義塾大学メディアセンターデジタルコレクション)
図12:兀庵和尚語録(建仁寺両足院蔵、川瀬一馬『五山版の研究』ABAJ、1970)
×ウェブ資源無し
図13:首楞厳経義海、東善寺版(称名寺蔵、神奈川県立金沢文庫保管、同展示図録『唐物と宋版一切経』1998)
×ウェブ資源無し
図14:白氏文集 那波本(宮内庁書陵部蔵、下定雅弘・神鷹徳治編『宮内庁所蔵 那波本白氏文集』勉誠出版、2012)
×ウェブ資源無し
※元和4〈1618〉跋:https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/he16/he16_00658/index.html(早稲田大学古典籍データベース)
図15:白氏長慶集 万暦刊(斯道文庫蔵、浜野文庫ハ38A/4-41#10)
×ウェブ資源無し
図16:白氏長慶集 明暦3〈1657〉刊(長沢規矩也蔵、現在関西大学図書館蔵、『和刻本漢詩集成』9、汲古書院、1974)
×ウェブ資源無し
※松栢堂,、明暦3:https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/he16/he16_02690/index.html(早稲田大学古典籍データベース)
図17:艸山集 延宝2〈1674〉刊(国立公文書館蔵、『詩集日本漢詩』13、汲古書院、1988)
〇https://www.digital.archives.go.jp/img/1251009(国立公文書館デジタルアーカイブ)
図18:南海先生文集 天明4〈1784〉刊(中村幸彦蔵、現在関西大学図書館蔵、『詩集日本漢詩』1、汲古書院、1978)
×ウェブ資源無し
※天明四年紀州亀屋六兵衛等刊本:https://www.nishogakusha-kanbun.net/database2/0211/(二松學舍大学日本漢学画像データベース)
図19:群書類従 巻第225 詩歌合〈文明15年正月13日〉(斯道文庫寄託センチュリー文化財団蔵)
×ウェブ資源無し
※https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2576244/42(国立国会図書館デジタルコレクション)
残念ながら、日本の刊本における「字様」の話題に関係する「図11」から「図18」のうち3点について、代替資源も見つけることが出来なかった。いずれ機会を見て更新しておきたい。