日本語練習虫

旧はてなダイアリー「日本語練習中」〈http://d.hatena.ne.jp/uakira/〉のデータを引き継ぎ、書き足しています。

フランス国立印刷所のDidotミリメートル式ポイント活字が謎すぎる

横浜開港資料館で開催された平成30年度企画展「金属活字と明治の横浜」の準備を手伝わせていただいた際、小宮山博史コレクションの至宝の1つ『フランス王立印刷所活字見本帖 Spécimen typographique de l'Imprimerie royale』(1845刊)を間近に拝見する機会を賜った。豪壮な造りも素晴らしいのだけれど、個人的に驚いたのが「王立印刷所のタイポグラフィ・ポイント:メートル法に基づく」と題された図表 https://twitter.com/uakira2/status/1038788070709940224/photo/1 だ。王立印刷所のポイントスケールとして「250ポイントは100mmに等しい」と示されている。つまり1ポイントが0.4mmである。

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王立印刷局のミリメートル式ポイントスケール図

上記図版の全体像は、フランス国立図書館デジタルアーカイブGallicaで閲覧することができる(https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k1040497z/f306.item.zoom)。

ナポレオン時代の名称に基づく帝室印刷所の所史『Histoire de l'Imprimerie impériale de France』257頁あたりに、当時の主任技術者だったFirmin Didot(いわゆる「ディドー・ポイント」を確立したFrançois-Ambroise Didotの子)が1811年に活字改革を提案し承認され、1812-1815年に「millimétrique」というローマン体・イタリック体あわせて13種類(の大きさ)の活字を作った――というようなことが書かれているのだけれど、その「millimétrique」というのは「ミリメートル式」ポイント活字という話であるらしい。

革命後に王立印刷所を引き継いだ国立印刷所(l'Imprimerie Nationale)の、この独自の活字ポイント単位は「INポイント」などと呼ばれていて、詳細な注釈と共に各種「ポイント」が概説されている英語版Wikipedia「Point (typography)」という記事では「The French National Print Office adopted a point of 2/5 mm or 0.400 mm in about 1810 and continues to use this measurement today (though "recalibrated" to 0.39877 mm).」という説明文に対してJames Mosley「French academicians and modern typography: designing new types in the 1690s」を典拠とする次の注釈がつけられている。

The point in current use at the Imprimerie Nationale measures 0.39877 mm. This appears to be the result of a 'recalibration', for which no date can be given, of the point of 0.4 mm.

開港資料館で見本帖の前掲図表を計らせていただいたところ「100mm」と表示されているスケールは実測100mmであるように思われたものの、1ポイント0.4mm(250ポイント100mm)なのか、1ポイント0.39877mm(250ポイント99.6925mm)なのか、断定できるレベルの精密な測定を施したわけではない。

先日BLオンデマンドでJames Mosley「French academicians and modern typography: designing new types in the 1690s」(1997年Typography papers 2号)を取り寄せたのは、上記注釈の前後に更に詳しい事情が書かれていたりしないものかどうかを知りたかったからなのだけれども、「recalibration」についての具体的な話は書かれていないのだった。


このMosley 1997に続いて、Andrew Boag「Typographic measurement: a chronology」(1996年Typography papers 1号)もBLオンデマンドで取り寄せた。

3年ほど前、18-19世紀の欧米における活字サイズの標準化の歴史を知りたいとあれこれ調べていた際、参考資料として山本太郎さんから英語版Wikipedia「Typographic unit」の参考文献を薦められていた。Boag 1996はその筆頭に示されているのだけれども、「BLオンデマンドでのお取り寄せ」が可能であるといったアクセス方法を先日まで知らなかったため、今まで読めずにいた。

過去の活字の開発史において、フルニエ、ディドーなど様々な「ポイント」システムの提唱をはじめ、活字の大きさを示す方法を標準化しようとする動きが幾つもあった。Boag 1996は、その各種の提案、議論、実情等を記録したテキスト類を、1683年(Moxon『Mechanick exercise』)から1996年(ISO/IEC 9541-1以降数年の――写植を経てデジタル活字の時代に至る――業界状況)まで、編年式に示したものだ。

以下、個人的なメモとして、「ミリメートル式ポイント活字(millimétrique)」に関する言及をBoag 1996から拾い出しておく。

Boag 109頁「ナポレオンが帝室印刷所(l'Imprimerie impériale de France)に対して活字新鋳を要請し、(帝室印刷所の技術者だった)Firmin Didotがミリメートル式活字を提唱した。」このミリメートル式については次のような言及がある。

「Hoch (1972b)に曰く:(Firmin)Didotは父のシステムにおける「ポイント」を0.4mm単位へと変更したが、これは父の精神を曲げるものではなく、父のアイディアを受け継ぎ「王のインチ」基準からメートル法基準へ適合させることを試みたものだ」

「自分(Boag)が目にしたDidotのミリメートル式活字について記された文献においては、その1ポイントを0.4mmと記すか、大きさの言及がないか、そのどちらかであった。しかし国立印刷所の幾つかの文書は、実際には「0.25mm」ポイントによって9ポイントから52ポイントの大きさが刻まれたことを示している。「52ポイント・ボディー」は13mmとなり、現在のINで「ディドー・ポイント」として使われている大きさである0.39877mmでこれを割ると、32.6ポイントとなる。この「52 Didotミリメートル式ポイント」は、つまり36 父Didotポイントに等しい。」

「この〈0.4mm式ポイント〉を巡る混乱は、他のあらゆるところで0.376mmとして通用しているDidotポイントについて、0.4mmであることを志向しつつ実際には0.39877mmである(Grinevald, 1990参照)ところの独自のDidotポイントを国立印刷所が使い続けていることに、由来する。」


最後の参考文献の書き手であるGrinevaldは、国立印刷局図書館の元学芸員で、2005年からフランス経済金融史委員会図書館長を務めているのだという(https://data.bnf.fr/fr/12080812/paul-marie_grinevald/)。このテーマについて信頼できる書き手だろう。というわけで、手ごろな価格の古書が出ていたので1990年IN版の『Les caractères de l'Imprimerie Nationale』を入手した。Grinevald「Celui qui excellera dans les sciences de l'écriture brillera comme le soleil」は同書の23-28頁で、27頁から28頁に跨るところで、問題のINポイントについて書かれていた。

Les caractères, alliage de plomb, d’antimoine et d'étain (environ 84 %, 12 % et 4 %), étaient fondus à l'aide d’un moule à arçon (système manuel des origines) mais plus généralement depuis le xix siècle à l’aide de fondeuses mécaniques. Ils ont tous la même hauteur qui est de 23,56 mm, dite << hauteur papier >>. Leur dimension prise perpendiculairement à la ligne d’impression s’appelle le corps, calculé en points typographiques. La valeur du point, établie une première fois en 1763 par Fournier le Jeune, est fixée en 1755 par François-Ambroise Didot. Le point Didot a une valeur égale à ⅙ de la << ligne >> de << pied de roi >>, soit 0,375 9 mm (les Anglo-Saxons ont un point, le pica, de 0,.351 mm). L’imprimerie impériale avec Firmin Didot devait appliquer les nouvelles ordonnances du tout récent système métrique et avoir ainsi un point de 0,4 mm. Un erreur dans l'étalonnage fit que le point IN est réellement de 0,398 77 mm. Un corps 13 mesure 13 fois le point typographique.

実質的にはたった一言「キャリブレーションのエラーにより、INポイントの実寸は0.39877mmとなった」と書かれているだけで、期待したような根拠が示されているわけではなかった。

こうなると、Boagが「国立印刷所の幾つかの文書は、実際には「0.25mm」ポイントによって9ポイントから52ポイントの大きさが刻まれたことを示している。」と記した、その「国立印刷所の幾つかの文書」とやらを探し当ててみないことには収まりがつかない。

手はじめに『LEXIQUE』2002年版116-117頁に記されている「Mesures typographiques」の項を参照すると:

Les imprimeries privées, en France, utilisaient, en fonte chaude, le point typographique créé par F.-A. Didot en 1775.
Le point didot mesure 0,.75 9 mm, soit environ ⅜ de millimètre.
Son multiple, le cicéro (ou douze), vaut 12 points.
Un mètre contient 2 660 points didot (1 mm = 2,66 points).
Après les travaux décidés par l'Assemblée constituante en 1790 concernant la détermination de la longueur du mètre et l'élaboration du système métrique, Didot voulut modifier son << point >> et créa le point métrique qui fut adopté par l’Imprimerie nationale.
Le point métrique représente exactement 0,4 mm.
Un mètre contient 2 500 points métriques (1 mm = 2,5 points).
Cette mesure ne put s'étendre à toute l’imprimerie car son adoption eût entraîné un changement complet du matériel utilisé par l’industrie privée, ce qui était impensable à l'époque. L’Imprimerie nationale, qui possédait sa propre fonderie, put effectuer l'opération.
A la suite d’un fâcheux concours de circonstances qui se produisit au début du siècle dernier, le << point IN >> (dit métrique) se trouva dans la pratique ramenée à 0,398 77 mm.

最後の1文によって、どうやら20世紀初めに「INポイント」の訂正が施されざるを得なかったらしく見えるのだけれども、具体的にどういった事情が生じていたのかは不明なままだ。

『LEXIQUE』の古い版を次々遡っていけば、いつか何かが判るだろうか。あるいは、フランス国立公文書館の「Imprimerie nationale (1656-1952)」アーカイブhttps://francearchives.fr/findingaid/3f121a03c10c276de0a643d7842e566bcfcfdb3f)を掘ってみなければならなくなるのだろうか。

コロナ禍下でなかったとしても、そろそろ超えられない壁に突き当たりつつあるようだ。フランスは余りに遠い。

朝倉・深澤『近世木活圖録』とオンライン資源による「活字書誌」試行

朝倉治彦・深澤秋男 編『近世木活圖録 國會圖書館本』(昭和59年5月31日印行、青裳堂書店、日本書誌學大系37、https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001718927-00)に掲出されている資料を同書の目次順に連番リスト化してオンライン資源へのリンクを添付してみた。

書誌にしか辿りつけないものは、請求記号をNDLオンラインの書誌へのリンクとし、国会図書館デジタルコレクションへのリンクはURIを記載。同書刊行当時「鶚」で始まっていたのであろう「鶚軒文庫」本の記号冒頭が「詩文」へ変更になっている(https://rnavi.ndl.go.jp/research_guide/entry/theme-honbun-304011.php)っぽい他、記号の名づけが変わったのか誤記なのか判断できないものが幾つか有。

NDLオンラインが #ndldigital を示さないものについて、国会図書館本と同版の可能性がある他館蔵本のオンライン資源が発見できたものについては、他館蔵本へのリンクも付記(ごく一部はオフライン資源へのリンク)。

一部資料に、「19世紀印刷文字史」を扱うために試行錯誤中の「活字書誌」を付加。この「活字書誌」は、プロクター・ヘブラー法を援用し、活字サイズの目安と書体の区別を注記したもの。

近世の版本を扱う書誌学の記述にプロクター・ヘブラー法を援用した「活字書誌」を組み入れて整理していくことで、板本や近世木活字本の文字、木村嘉平、島霞谷、大鳥圭介らの黎明期近代活字、明治初期の木活字、本木昌造グループの初期活字、明治初期の地方版活字などを「19世紀の印刷文字史」という一繋がりの総体として議論し直すことができるのではないか?という個人的な見通しを、自分の頭の中から一旦外へ。



試行中「活字書誌」覚書

「大本」「中本」等は『近世木活圖録』の記述を転写。同書には更に各本の縦横の大きさがnn.n糎と具体的に記されている。同書の記述に従えば、たとえば『英國策論』(245-1:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/900382)のようにスケールが入っていない時期の「近デジ」資料についても本記事が目指す活字書誌を採っていけると思うが、作業の優先順位は低い。

活字書誌【】内は、プロクター・ヘブラー法援用で、まず20字長(ミリ)を記載し、次に「明朝」「楷書」など書体の区別、更に必要に応じて(概ね字面の縦横比1.5倍超を目安に)長体(縦長)か平体(横長)かを付記。更に〈〉内へ1文字あたりの大きさをアメリカン・ポイントで示す。という具合にスタートしてみた。1文字あたりの大きさをアメリカン・ポイントで参考として付記するのは、J. C. Tarrによる提案を引き受けたもの。書体については「太楷」「細楷」くらいの区別を追加するかもしれない。

現時点では、対象が木活字であるため、明治期の近代日本語活字を扱う際に必要と思っている精度(内田式活字スケールの「簡単な解説本」が書かれなくなることになった話)は求める必要が無いと考えている。が、作業の進展によって気が変わるかもしれない。

仮名について、「連綿」以外に特記するものがあるかどうか、『痘科方意解』を観察して考えたい。

もし仮にプロポーショナルピッチの活字があった場合、今回の(20字長で活字サイズを示す)手法では扱えない。インテルの有無を度外視して版面の幅を計測し、「最大でも20行幅がxxミリ以下」というような形で活字サイズを示すことにせざるを得ないだろう(インテル幅が判断できれば、活字だけの幅を計算してもよい)。固定ピッチ漢字活字とプロポーショナルピッチ仮名活字または連綿仮名活字が混用されていた場合は固定ピッチ漢字活字の方で仮名活字の大きさを示すことになるか。

活字の大きさをどの方向で計っているのかを示すために、【本文漢字:推定121h楷】(20字長:height)、【本文仮名:推定121w連面】(20行幅:width)のような区別をしておいた方がいいかもしれないが、「h」を基本方向とし、例外である「w」の場合のみ注記か。

漢籍書誌学のように字様(書風)を区別するところまでは当面行わない。和古書の字様について、堀川貴司「(講演報告)漢籍から見る日本の古典籍 ――版本を中心に―― 」(2014年『国文学研究資料館調査研究報告』34号、http://id.nii.ac.jp/1283/00001031/)に興味深い指摘が見える――添えられるべき図版がPDFに掲載されていないところが本当に残念――が、一般書誌学方面で何か進展はあるのだろうか。本木昌造系初期活字について用いられてきた「和様」という語をこのまま使い続けるかどうかというあたりも含めて、気にかかっている。

字様の扱いと長体・平体の注記については、例えば『逸周書』【本文大字:推定212楷〈略30ポ〉/本文小字:推定212長楷】(862-81:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2568288/58)のようなものと『遷史戻柁』(821-252:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2559905)のようなものを区別するのかしないのか、区別するなら適切な注記はどういうものか、思案のしどころ。


大本だったら一号活字くらいの本文サイズ感、中本だったら三号活字くらい……といった大雑把な感覚を改めて計っていったらどうなるの?というチャレンジは、本来は現物の実測で行うべきところ。予備的な作業としてオンライン資源の活用がどの程度役立ちそうかを知りたいと思い、どうせオンライン資源をリストアップするならリンク集にしておいた方が自分が便利なので作ってみた次第。

オンライン資源を用いた作業は、活字サイズに関する記述に関しては予備的な作業に留まるが、書体(および字様)の扱いや長体・平体などをどう注記するか、プロポーショナルピッチの活字や連綿活字の処理は?など、分類・記述の方法について考えてみる、この迷いは――実は原寸でない影印資料でも実行可能な――本番としての試行。

リスト中の「活字書誌」の書き込みは、後日追加するかも。しないかも。



ア-オ

  1. 『活版 彙玉篇』「大本」(181-250)「漢文の丁、漢字交り平假名の丁などあり」
  2. 『英吉利新志』「大本」(205-241)「漢字片假名交り」《同版か?【本文:推定190明〈略27ポ〉】早稲田大学図書館古典籍総合DB:https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/ru08/ru08_03034/index.html
  3. 『逸雅』「大本」(147-10
  4. 『逸周書』「大本」【本文大字:推定212楷〈略30ポ〉/本文小字:推定212長楷】(862-81:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2568288/58)「天保二辛卯年/彦藩弘道館活版」
  5. 『醫方類聚』「中本」(214-1)「文久紀元辛酉仲春日/江戸學訓堂活字排印」
  6. 英國策論』「小本」【本文:推定170楷〈略24ポ〉】(245-1:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/900382)「漢字交り片假名」
  7. 『詠草奥書』「大本」(210-2)「漢字交り平假名」〈放ち書き〉《同版か?【本文:推定175楷〈略25ポ〉】愛媛大学図書館 鈴鹿文庫:http://www.lib.ehime-u.ac.jp/SUZUKA/500/003.html
  8. 『頴濱策』「大本」(106-163)「澹寧社活字刷印」《同版か?慶応義塾大学図書館蔵本:Googleブックスhttps://books.google.co.jp/books?id=zaNXTZ97TSAC&pg=PP3#v=onepage&q&f=false
  9. 『淮海和尚語録』「大本」【本文:推定215明〈略30ポ半〉】(821-20:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2537632/39)「時寶永元年申中夏 植工常信」
  10. 『偃渓和尚語録』「大本」【本文:推定215楷・215明〈略30ポ半〉混用】(821-94:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2537676
  11. 『煙譜』「大本」【本文:推定194明〈略27ポ半〉】(853-252:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2539672
  12. 『煙話』「大本」【本文:推定194明〈略27ポ半〉】(853-253:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2539673
  13. 『校正 落穂集』「大本」(W22-37:〈記号変更か?W221-37〉)

カ-コ

  1. 『愷悌遺稿』「半紙本」(105-104)《同版か?千葉県デジタルアーカイブhttp://e-library.gprime.jp/lib_pref_chiba/da/detail?tilcod=0000000014-CHB601972
  2. 『外蕃通略』「半紙本」(わ319-2マイクロフィルム〉)《同版か?関西大学アジア・オープン・リサーチセンター:https://www.iiif.ku-orcas.kansai-u.ac.jp/books/200903845
  3. 『鴨川朗詠集』「大本」(189-238)《同版か?早稲田大学図書館古典籍総合DB:https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/he01/he01_04326/index.html
  4. 『閑雲遺稿』「半紙本」(鶚-488→詩文-488マイクロフィルム〉)《同版か?国文学研究資料館蔵本:新日本古典籍総合DB:https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/200012106/viewer/1
  5. 『灌園暇筆』「半紙本」(鶚-845→詩文-845マイクロフィルム〉)〈235-388〉《同版か?大洲市立図書館 矢野玄道文庫: 新日本古典籍総合DB:https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100206572/viewer/1
  6. 『感舊編』「大本」【本文:推定180楷〈略25ポ半〉】(鶚-495乙→詩文-495乙)(鶚-495甲→詩文-495甲)〈詩文-495:#ndldigital https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/780570〉「水府 鐵槍齋活版」(133-99:〈番号誤記か?132-99:#ndldigital https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1184859〉)「水府 鐵槍齋活版」
  7. 韓非子翼毳』「大本」【本文大字:推定212明〈略30ポ〉/本文小字:推定212長明】(別5-4:〈記号変更か?本別5-4:#ndldigital https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2546572〉)〈全齋活版〉
  8. 紀伊國神社略記』「半紙本」(103-225
  9. 紀伊神名帳』「半紙本」(129-77
  10. 『淇園文集』「大本」【本文:推定248楷〈略35ポ〉】(145-100:#ndldigital https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2559328
  11. 『行雲樓遺稿』「大本」(144-115)《同版か?早稲田大学図書館古典籍総合DB:https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/bunko11/bunko11_a1149/index.html
  12. 『紀元彙』「大本」(214-270)《同版か?静岡県立中央図書館 葵文庫 :新日本古典籍総合DB:https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100078642/viewer/1
  13. 『魏鄭公諫録』「大本」(121-118)「享和2木活字印 尾州明倫館藏版」
  14. 『錦城文録』「大本」(102-21
  15. 『近世名臣諫諍録』「大本」(214-140)《同版か?⦅オフライン資料⦆:宮城県図書館 伊達文庫:https://eichi.library.pref.miyagi.jp/da/detail?data_id=040-50827-0
  16. 『金陵詩鈔』「半紙本」(105-99マイクロフィルム〉)
  17. 『經語要言』「大本」(213-305:〈表題?『經史要言』:213-305〉〈図録掲載写真を見る限り、漢字交り平假名・放ち書きの丁がある模様〉
  18. 『奚所須窩遺稿』「大本」(鶚-944→詩文-944マイクロフィルム〉)
  19. 『經世秘策』「大本」(136-63マイクロフィルム〉)
  20. 『經世文編抄』「大本」(145-59)「津藩有造館聚珎板」
  21. 『經方權量略説』「半紙本」(218-7)「學訓堂/聚珍版」《同版か?国文学研究資料館 鵜飼文庫:新日本古典籍総合DB:http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/200019258/viewer/5
  22. 『公堂遺稿』「半紙本」(鶚-1163甲→詩文-1163甲マイクロフィルム〉)
  23. 『廣燈録』「大本」(209-716)「大應禪寺祖泰木活字印」
  24. 『弘裕齋撰語』「大本」(241-66
  25. 『谷墅雑賦』「半紙本」(鶚-1174→詩文-1174マイクロフィルム〉)
  26. 『谷墅百絶』「大本」(111-169マイクロフィルム〉)
  27. 『兀庵和尚語録』「大本」(189-51)「常信木活字印」

サ-ソ

  1. 『雑病廣要』「大本」「躋壽館聚珍版」(232-237)《同版か?京都大学貴重資料デジタルアーカイブhttps://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00000583
  2. 『三奇一覧』「大本」(104-267)(鶚-344:〈番号変更か?:詩文-1344〉〈マイクロフィルム〉)
  3. 『三魏文鈔』「大本」〈南林堂活版〉(鶚-1346→詩文-1346
  4. 『殘菊詩篇』「半紙本」(鶚-833→詩文-833マイクロフィルム〉〈荻生徂徠皇朝正声』に付属〉)
  5. 至誠堂百詠』「半紙本」(214-194)《同版か?国立公文書館デジタルアーカイブhttps://www.digital.archives.go.jp/das/image/F1000000000000044645
  6. 『四戦紀聞』「大本」【本文:推定244楷〈略35ポ〉】(862-112:#ndldigital https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2568322/63
  7. 『再校七經彫題略』「中本」(229-348)〈聚星堂活板/蒼泉堂某刀〉
  8. 『社倉私議』「大本」(132-96
  9. 『社倉私議』「大本」【本文:推定156明〈略22ポ〉】(特1-639:#ndldigital https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2535954
  10. 『集美録』「大本」〈紀府 聚星堂活版〉(106-164)《同版か?国文学研究資料館:新日本古典籍総合DB:https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/200006675/viewer/1
  11. 『恤刑茅議』「小本」(132-192)「漢字交り片假名」《同版か?慶応義塾大学図書館蔵本:Googleブックスhttps://books.google.co.jp/books?id=bEnKGnyRTxkC&hl=ja&pg=PP1#v=onepage&q&f=false
  12. 『出定笑語』「大本」(145-49)「漢字交り片假名」〈図録掲載写真を見る限り一部に平仮名連綿の箇所あり〉《同版か?東京大学文学部宗教史学研究室:新日本古典籍総合DB:https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100191002/viewer/3
  13. 『春秋名號帰一圖』「大本」(862-82:#ndldigital〈図書館間送信〉 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2540215)〈尾張藩明倫堂木活字印〉
  14. 『樵山存藳』「大本」(145-55マイクロフィルム〉)【本文大字:推定167明〈略24ポ〉/本文小字:推定167長明】(145-55『樵山存藳 詩』:#ndldigital https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/893923)(145-55『樵山存藳 文』:#ndldigital https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/893924
  15. 『松隣夜話』「大本」(111-144)「寛孝堂活版」《同版か?国文学研究資料館http://codh.rois.ac.jp/pmjt/book/200019226/
  16. 『如不及齋叢書』「大本」(213-364マイクロフィルム〉)「漢字交り片假名」
  17. 『校正 新安手簡』「大本」(111-13マイクロフィルム〉)「漢字交り片假名」《同版か?早稲田大学図書館古典籍総合DB:https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/i13/i13_01034/index.html
  18. 『眞宗假名聖教關典録』(181-365)「漢字交り片假名」
  19. 『眞宗寶璽傳』「大本」(117-85)「漢字交り片假名」
  20. 『水石亭詩巻』「半紙本」(鶚-833→詩文-833マイクロフィルム〉〈荻生徂徠皇朝正声』に付属〉)
  21. 『水流雲在樓集』「大本」(166-145
  22. 駿河小志』「半紙本」(244-412
  23. 『聖學概論』「大本」(104-101マイクロフィルム〉)
  24. 『西河折妄』「大本」【本文大字:推定197明〈略28ポ〉/本文小字:推定197長明】(863-32:#ndldigital https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2568492)〈駿府 採撰亭活版〉
  25. 『静寄軒文集』「大本」(104-74
  26. 『聖代老の手鼓』「大本」(232-248)「漢字交り片假名」《同版か?名古屋大学附属図書館蔵本:新日本古典籍総合DB:https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100272448/viewer/1
  27. 『官板 青門賸稿』「大本」(鶚-2006→詩文-2006マイクロフィルム〉)《同版か?京都大学附属図書館 谷村文庫:https://kuline.kulib.kyoto-u.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=v3search_view_main_init&block_id=251&direct_target=catdbl&direct_key=%2552%2542%2530%2530%2530%2531%2530%2534%2534%2532&lang=japanese#catdbl-RB00010442
  28. 『世説啓微』「大本」(104-163マイクロフィルム〉)《同版か?京都大学貴重資料デジタルアーカイブhttps://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00013018
  29. 『遷史戻柁』「大本」【本文大字:推定248楷〈略35ポ〉/本文小字:推定248長楷】(821-252:#ndldigital https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2559905
  30. 『桑華蒙求』「大本」【本文大字:推定248楷〈略35ポ〉】(別5-7-2-1→寄別5-7-2-1:#ndldigital https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2575246
  31. 『草茅危言』「大本」(134-15)「漢字交り片假名」《異版か?早稲田大学図書館古典籍総合DB:https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/bunko31/bunko31_e1196/index.html
  32. 『蘇老泉全集』「大本」(158-6
  33. 『續日本王代一覧』「大本」(113-42
  34. 『續世繼』「大本」(117-42)〈漢字交り平仮名放ち書き〉《同版か?関西大学図書館KOALA:https://www.lib.kansai-u.ac.jp/webopac/DM60908250

タ-ト

  1. 『大洲集』「大本」【本文大字:推定204楷〈略29ポ〉】(巳-16:#ndldigital https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2554093
  2. 『斷橋和尚語録』「大本」【本文:推定215明〈略30ポ半〉】(821-58:#ndldigital https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2537650)「植工常信活字印」
  3. 地震海嘯考』「大本」(111-83マイクロフィルム〉)「片假名交り漢字」
  4. 『癡絶和尚語録』「大本」【本文:推定213明〈略30ポ〉】(821-152:#ndldigital https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2537708)「植工常信木活字印」
  5. 『中外錢史』「大本」(115-37)「漢文、但し片假名交り、平假名交りの部分〈放ち書き〉あり。」《NDL本のマイクロ資料か?大和文華館 マイクロ収集:新日本古典籍総合DB:https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100113352/viewer/16
  6. 『丁丁餘音』「大本」(213-135マイクロフィルム〉)
  7. 『追蠅拂』「半紙本」(214-143)「漢字交り片假名」《同版か?大阪大学附属図書館蔵本:新日本古典籍総合DB:https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100266601/viewer/9
  8. 『奠陰略稿』「大本」(111-154)「拙修齋叢書」《同版か?国立公文書館デジタルアーカイブhttps://www.digital.archives.go.jp/das/image/M2015071516230258606
  9. 『傳疑小史』「半紙本」(鶚-833→詩文-833マイクロフィルム〉〈荻生徂徠皇朝正声』に付属〉)《同版か?国文学研究資料館:新日本古典籍総合DB:https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/200006707/viewer/3
  10. 『轉注説』「大本」(126-25)「片假名交り漢字」「嘉永甲寅正月活字刷印/以藏于家塾福山森立之」
  11. 『痘科方意解』「半紙本」(137-9)「漢字交り片假名」〈カタカナ活字を漢字より小さく作った?〉《同版か?京都大学附属図書館 富士川文庫:新日本古典籍総合DB:https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100269092/viewer/5
  12. 『東征稿 付 西上記』「大本」(104-182)「拙修齋叢書」
  13. 『稻川詩草』「大本」(鶚-2423甲・乙→詩文-2423甲マイクロフィルム〉/詩文-2423乙マイクロフィルム〉)《同版か?静岡県立中央図書館 葵文庫:新日本古典籍総合DB:https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100078621/viewer/3
  14. 『東遷成基』「半紙本」(129-79)「鶴唳亭」《同版か?ハーバード燕京図書館蔵本:Googleブックスhttps://books.google.co.jp/books?id=CG0sAAAAYAAJ&pg=PP444#v=onepage&q&f=false
  15. 『東坡策』「大本」(150-16
  16. 『他山之石』「大本」(237-182マイクロフィルム〉)《同版か?早稲田大学図書館古典籍総合DB:https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/ru02/ru02_03109/index.html

ナ-ノ

  1. 『内科集成』「半紙本」(183-561マイクロフィルム〉)「漢字交り片假名」〈米沢 古松葊活板〉
  2. 『那波列翁傳』「大本」(W346-18マイクロフィルム〉)「漢字交り片假名」〈同版か?:W996-N796「田原 松岡氏清風館活字板」「松岡次郎家藏活字板」〉《同版か?慶応義塾大学信濃町メディアセンター 北里記念医学図書館 富士川文庫:新日本古典籍総合DB:https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100243884/viewer/4
  3. 『南海紀聞』「大本」(W338-12)〈同版か?国文学研究資料館 三井文庫旧蔵:新日本古典籍総合DB:https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/200018008/viewer/2
  4. 『南蠻寺興廢記』「大本」【本文:推定184明〈略26ポ〉】(198・21-N622:#ndldigital https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2541597
  5. 『日本政紀』「大本」【本文大字:推定182明〈略26ポ〉/本文小字:推定182長明】(210.12-R15n-n:#ndldigital https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2583490天保9年 林長孺 序〉)

ハ-ホ

  1. 『佩文齋畫題類抄』「大本」(102-172
  2. 『破堤宇子』「大本」(142-56)「漢字交り片假名」《同版か?聖心女子大学図書館デジタルギャラリー:https://library.u-sacred-heart.ac.jp/library/display_collection/digital_gallaery/190_21-F11h/index.html
  3. 『花暦』「半紙本」【本文:推定179楷〈略25ポ〉】(特1-1955:#ndldigital https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2541241
  4. 『花暦』「半紙本」【本文:推定159楷〈略23ポ〉】(特1-1957:#ndldigital https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2541243)「春霄齋藏版」「木活に非ずか」
  5. 『範圍秘鑰』「大本」(117-187)「漢字交り片假名」
  6. 『備急八薬新論翼』「大本」(117-186:#ndldigital 〈図書館間送信〉 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1172523)「漢字交り片假名」
  7. 『品物類聚』「小本」(182-164)「漢字交り片假名」
  8. 武家七徳』「大本」(111-1)「漢字交り片假名」《同版か?静岡県立中央図書館 葵文庫:新日本古典籍総合DB:https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100065105/viewer/4
  9. 『物初和尚語録』「大本」【本文:推定251楷〈略36ポ〉】(821-133:#ndldigital https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2537697)「植工常信木活字印」
  10. 『穆菴康和尚語録』「大本」【本文:推定213楷〈略30ポ〉】(824-172:〈誤記載か?821-172:#ndldigital https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2537722〉)「植工常信」
  11. 本草經百種録抄』「半紙本」(235-102)〈躋壽館聚珍版版〉《同版か?早稲田大学図書館古典籍総合DB:https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/ya09/ya09_00217/index.html
  12. 『重修 本草綱目啓蒙』「大本」【本文:推定175明〈略25ポ〉】(118-38:#ndldigital https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2569354)(特1-768:#ndldigital https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2556150)「漢字交り片假名」

マ-モ

  1. 『滿清紀事』「大本」(わ222.06-2マイクロフィルム〉)《同版か?⦅オフライン資料⦆:宮城県図書館 小西文庫:https://eichi.library.pref.miyagi.jp/da/detail?data_id=040-54600-0
  2. 萬葉集玉乃小琴』「大本」(わ911.12-8マイクロフィルム〉)「片假名交り」「活字版 玉乃小琴」《同版か?国文学研究資料館 長井永太郎文庫:新日本古典籍総合DB:https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/200006315/viewer/4
  3. 妙法寺記』「大本」(228-191)《同版か?⦅オフライン資料⦆:図書寮文庫:https://shoryobu.kunaicho.go.jp/Toshoryo/Detail/1000598170000?searchIndex=70659
  4. 『理學教訓 迷津槎談』「大本」(212-151マイクロフィルム〉)「漢字交り平假名」「木活字は連字あり」
  5. 『名物摭古小識』「半紙本」(126-57マイクロフィルム〉)「漢字交り片假名」「言順堂活字版」
  6. 『明良洪範』「大本」(134-137)「漢字交り片假名」《見返のみ異版ほか同版か?国文学研究資料館:新日本古典籍総合DB:https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/200007892/viewer/1175

ヤ-ユ

  1. 『野戦要務』「小本」〈中本では?〉【本文:推定121楷〈略17ポ〉】(839-153:#ndldigital https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2538729)《現時点では、『築城典刑』〈#ndldigital https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2559411/4〉、『砲科新論』〈国立公文書館デジタル展示「激動幕末」:http://www.archives.go.jp/exhibition/digital/bakumatsu/contents/48.html〉、『歩兵練法』〈国文学研究資料館http://codh.rois.ac.jp/pmjt/book/200021878/index.html.ja〉等と同様に、この『野戦要務』は木活字ではなく、大鳥圭介が手掛けた鋳造活字による印刷物であることが判明している。大鳥活字の、日本語活字史上の位置づけと活字史研究史上の扱いについては府川充男『聚珍録』(2003年、三省堂https://www.sanseido-publ.co.jp/publ/syuchinroku.html)を、また大鳥圭介関連資料全般については長佐古美奈子「大鳥圭介関係資料について」(2012年『学習院大学史料館紀要』18号、http://hdl.handle.net/10959/3154)を参照。)》
  2. 『雄飛論』「大本」(218-22)「漢字交り片假名」「小活字も使用」《別版か?国文学研究資料館 古典籍共同研究事業センター別置資料:新日本古典籍総合DB:https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/200021918/viewer/7
  3. 『游相醫話』「半紙本」【本文:推定167明〈略24ポ〉】(特-2356:〈記号変更か?特1-2356:#ndldigital https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2536610〉)
  4. 『夢之悟』「大本」(106-15)「漢字交り片假名」

リ-ロ

  1. 『李西涯擬古楽府』「大本」(144-113マイクロフィルム〉)「聯腋書院擺刷」《同版か?⦅オフライン資料⦆:図書寮文庫:https://shoryobu.kunaicho.go.jp/Toshoryo/Detail/1000605130000?searchIndex=70150
  2. 令集解』「大本」(119-2マイクロフィルム〉)〈蕉園石川介校字活刷〉《同版か?国文学研究資料館:新日本古典籍総合DB:https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/200006708/viewer/902
  3. 『蓮莖一絲抄』「大本」(232-249)「漢字交り片假名」
  4. 論語』「大本」(862-84:#ndldigital 〈図書館間送信〉https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2540216)「庄内藩學致道館木活字印」

  1. 『倭漢武家名數』「大本」(138-124
  2. 『倭蘭年表』「大本」(102-34マイクロフィルム〉)「漢字交り片假名」「小活字も使用」

新聞活字サイズの変遷史大正中期編暫定版

以前記した「新聞活字サイズの変遷史戦前編暫定版」の表で明らかなように、第一次世界大戦の影響(欧州産紙パルプの高騰)により新聞用紙価格が暴騰した結果*1、大正6(1917)年から大正12(1923)年にかけて、大手各紙の本文活字は小刻みに小型化されていった。特に大正6年から8年は8.5ポイント、8.0ポイント、7.75ポイントと毎年小さくなっている。

地方紙の社史を眺めていると、この頃の話として、大手紙に追随することの困難を語る記述(『河北新報の七十年』*2)や、たまたま大手紙の動向を知って活字会社に即座に注文を出したといった話(『岩手日報百十年史』*3)が残されていたりする。活字サイズや建頁・段制などの変遷に無頓着な社史も多いが、それはまた別の話。

さて、社史という記録を持たないようなものも含めた大正中期の全国的な傾向はどのようなものだっただろうか。ちょうどこの時期、日本全国の大小各種新聞について略歴や経営・編集体制、設備等の情報を記録した年鑑である『新聞総覧』を日本電報通信社が刊行しており、大正11年版国立国会図書館デジタルコレクションのインターネット公開資料になっている。この大正11年版から作成したリストを元に、7月に宮城県図書館のCovid19対応が緩和されてから「図書館間送信」対象資料である大正8年版大正12年版を閲覧しに通って拾い集めた本文活字サイズの「傾向」が以下の表になる。大正8年版、11年版、12年版の記述が食い違うものについて一部は近隣他紙の動向なども勘案して補正したが、無批判のものも残っている*4。転記ミス等もあると思うが「全体的な傾向を知る」目的を大きく阻害するほどではないだろう。

本文活字サイズが8ポイント以上のものの背景を青灰色とし、8ポイント未満の背景を黄色とした。

紙名1917大61918大71919大81920大91921大101922大111923大12
東京毎日新聞7月から7.75
報知新聞8.57.5
東京日日新聞3/1から7.757.5
読売新聞8.51月から7.75
中外商業新報12月から8.59月から7.75
時事新報12月から8.07月から7.75
東京朝日新聞7月から7.751/1から7.5
都新聞12月から8.512月から7.5
中央新聞3月から8.511月から7.75
やまと新聞1/1から8.5国民式5/10から7.75
国民新聞国民式国民式国民式
萬朝報9/1から8.0萬朝式7.5萬朝式
二六新報2/26から8.07.5
東京毎夕新聞11月から8.07.5
大阪朝日新聞8/1から8.54月から8.07.5
大阪毎日新聞1月から7.75
大阪新報6月から8.0
大阪時報8.08.0
関西日報1月から9.01月から8.5
大阪日日新聞1月から8.5
大阪朝報8.57.75
大阪新日報8.08.08.0
大阪経済日報1月から8.5
大阪萬朝報5月から7.75
大阪毎夕新聞7.5
横浜貿易新報12月から7.75
横浜毎朝新報12月から8.59月から7.75
埼玉新聞9.01月から7.75
千葉毎日新聞11/1から8.5
いばらき新聞5月から8.51月から7.75
常総新聞9.07月から7.75
上毛新聞9.58月から7.75
上州新聞9.58.5
群馬新聞9月から9.0
上野新聞8月から8.5
両毛織物新聞2/15から9.0
上野毎日新聞7月から7.75
下野新聞8.510月から7.755/30から7.5
下野日日新聞9.59.57.75
野州新聞9.57.75
福島民報4/20から8.51/1から7.75
福島日日新聞11/25から8.0
福島民友新聞9.010/1から7.75
福島新聞9.56/1から7.75
河北新報6月から7.75
仙台日日新聞8月から8.57月から7.75
東華新聞9.59月から7.75
岩手日報6月から7.75
岩手毎日新聞1月から8.54/27から7.75
岩手日日新聞7月から8.5
東奥日報11月から8.510月から7.75
青森日報1月から7.75
弘前新聞8.5
山形新聞9.510月から7.75
日刊山形(山形日報)12月から7.751/3から7.5
米沢新聞5月から9.0
鶴岡日報9.5
山形民報4月から8.5
秋田魁新報3/1から8.511月から7.75
秋田新聞10月から8.5
新潟毎日新聞7.75
新潟新聞6月から8.54月から7.75
新潟朝日新聞1/1から8.25
北越新報1月から8.57.75
越佐新報5/1から8.510/17から7.75
長岡日報1月から7.75
柏崎日報9.09.0
高田日報6月から8.0
高田新聞3/3から8.57月から7.5
越後新聞6/30から8.54/1から7.75
佐渡新聞9.5
佐渡日報4月から9.59.0
下越新聞11月から9.0
信濃毎日新聞12月から8.54月から7.75
長野新聞9.08.5
信濃日日新聞3月から8.58.5
信濃民報9.57月から8.0
南信日日新聞9.51月から8.5
信濃日報9.58.0
南信新聞12月から8.5
信濃時事2月から9.012月から7.75
南信毎日新聞5月から8.5
伊那日報12月から9.05月から8.5
新愛知新聞この年から8.5この年から7.75
名古屋新聞8.59月から7.75
名古屋毎日新聞7月から9.55月から8.5
愛知新聞5月から8.09月から7.75
名古屋日日新聞9.09月から7.75
中央商業新聞この年から9.0
岡崎朝報8.08.0
山梨日日新聞12月から8.05月から7.5
山梨毎日新聞1月から8.58月から7.75
山梨民報1月から8.51月から7.75
峡中日報7月から7.75
甲斐新聞9.59.5
山梨民友新聞8.0
静岡新報11月から8.512月から7.75
静岡民友新聞1月から7.75
浜松新聞6月から8.5
岐阜日日新聞12/28から8.5
濃飛日報9.09月から7.75
美濃大正新聞2月から9.5
伊勢新聞8.5この年から7.75
三重新聞9.04月から7.75
勢州毎日新聞9.08.0
伊勢朝報3月から8.5
四日市商業新聞5月から8.5
北国新聞10月から8.5
北陸毎日新聞1/41から9.58月から8.0
金沢新報8.5
福井新聞7.75
福井日報4月から7.75
福井毎日新聞9.55月から8.5
富山日報9.51月から8.0
北陸タイムス5月から8.55月から7.75
高岡新報9.57.75
山新8.5
近江新報9.52月から8.0
滋賀日報9.57.75
京都日出新聞1月から8.0
京都日日新聞11月から8.510月から7.75
新大和9.59.5
奈良朝報9.59.5
大和新聞9.59.5
神戸新聞1月から8.010月から7.75
神戸又新日報7/1から8.57.75
中国日日新聞6/25から7.757.75
紀伊毎日新聞9.09/1から7.757.75
和歌山日日新聞9.012/1から7.75
徳島毎日新聞9.011/23から7.757.75
徳島日日新報3月から8.53月から7.75
徳島日報7月から8.0
四国民報4月から8.0
香川新報7.75
愛媛新報3/23から7.75
海南新聞11月から8.5
伊予日日新聞9.58.5
南予時事新聞11月から8.0
高知新聞5月から7.75
土陽新聞8.57.75
因伯時報5月から9.510月から8.5
鳥取時報8.512月から7.75
山陰日日新聞4月から8.58.5
松陽新報2月から8.51月から7.75
山陰新聞8.57月から7.75
山陽新報12月から8.58/1から7.75
中国民報4月から7.75
山新3月から8.51/1から7.0
広島中国新聞11月から8.58月から7.75
芸備日日新聞9.57.75
呉日日新聞8.57.75
広島毎日新聞8.57.75
広島日日新聞1月から9.011月から8.5
山陽日報10/1から9.0
呉公論12月から9.02月から8.5
北備毎日新聞4月から7.75
馬関毎日新聞12月から8.08.0
関門日日新聞4月から8.59月から7.75
防長新聞8.57.75
福岡日日新聞4月から8.52月から7.75
九州日報6/8から8.54月から7.75
門司新報8.53月から7.75
筑後新聞11/1から都式8.09/1から7.75
博多毎日新聞3月から7.75
肥前日日新聞8.51月から7.75
西肥日報10月から9.5
佐賀毎日新聞6/8から8.53月から8.5
唐津日日新聞9.59.5
長崎日日新聞7月から8.512月から7.75
長崎新聞2月から9.01月から7.75
軍港新聞9.59.5
長崎島原毎日新聞9.512月から9.5
佐世保新報6/8から8.57/8から7.75
九州日日新聞11月から8.510月から7.75
九州新聞8.510月から7.75
日州新聞9.010月から8.5
宮崎新聞11月から8.54月から7.75
鹿児島新聞11月から8.57月から7.75
鹿児島朝日新聞8.57月から7.75
豊州新報3/1から8.512月から7.75
大分新聞8.57.75
大分日日新聞2月から8.58月から7.75
北海タイムス9.07.75
小樽新聞10月から8.58/1から7.75
北門日報4月から8.0
新小樽4月から8.5
小樽毎夕新聞9月から8.5
小樽商業新報8.0
函館毎日新聞3月から7.75
函館新聞8.5
函館日日新聞2月から8.5
函館時事新聞8月から8.5
北海新聞8.5
北海道新聞1月から8.5
旭川新聞5月から8.0
北海日日新聞4月から8.0
釧路新聞9.08.0
釧路新日報9.0
室蘭毎日新聞1月から8.57月から8.5
根室新聞7月から8.5
樺太日日新聞8.5
樺太時事新聞4月から8.5
樺太民友新聞11月から8.5
台湾日日新報7.75
台湾新聞8.5
台南新報10月から8.5
京城日報9月から9.57月から8.512月から7.75
朝鮮新聞11月から7.75
釜山日報12月から7.75
毎日申報7月から8.5
京城日日新聞7月から7.75
朝鮮民報10月から7.75
仁川新報8月から7.75
光州日報5月から9.0
元山毎日新聞11月から7.5
満州日日新聞1月から7.5
遼東新報5月から7.75
大連新聞2月から7.75
上海日報10月から7.75
上海経済日報1月から8.0
爪哇日報10月から9.0
布哇新報旧活字

以上の表に見られるように、発行部数の多寡を度外視して考えれば222紙×7年間(=1554件)の本文活字サイズの内訳は、8ポイント以上の本文活字が1145件、8ポイント未満が409件である。以前記した「新聞活字サイズの変遷史戦前編暫定版」に見られる大手全国紙や大手地方(ブロック)紙の傾向がそのまま反映されていれば、大正6年から12年の期間で8ポイント以上の本文活字と8ポイント未満の割合は半々か2対3程度で小型活字化が進んでいてもおかしくはない感じだったところ、実は3対1程度で8ポイント以上の方が多いという集計結果になっている。

興味深いのは大正6年から8年にかけて、朝日・毎日・中外商業が8.5ポイント、8.0ポイント、7.75ポイントと毎年活字を小さくしていっていた時期の全国的な動向だ。往時の記述を示した河北新報岩手日報をはじめ下野新聞福島民報のように全国紙の7.75ポイント採用にわずかな遅れで追随しようと試みるものが幾つかある他、この3年間で初めて五号や9.5、9.0ポイント活字をやめて「8.5ポイント」を採用するようになるという動きが徐々に全国に広がっていく様が観察できる(表を見ると大正11年にようやく8.5ポイントを採用する社もある)。

実は『日本印刷界』の大正6(1917)年12月号の雑報欄に、次のような記事が掲げられている。

築地活版製造所の大多忙

東京京橋区築地二丁目の同社は近来各地新聞社により八ポイント半活字採用の結果其の注文引き続き居り既に来春四月までは注文充実し居り今後の注文は総て五月後に引渡すべきものに限り契約しつつありと

従来はこの雑報を眉唾物として受け止めていたのだけれど、全国的な傾向としては、実際の需給状況を反映した話だったようだ。

当時築地活版の社長を務めていた野村宗十郎は、(ポイント活字開発等の功績により)大正5年に藍綬褒章を受勲した自他ともに認める業界のリーダー*5だったのだが、大正7年上田万年経由で東京帝国大学文科大学心理教室に対して活字の可読性に関する研究を委嘱し、研究成果が翌大正8年印刷雑誌』6月号に「活版の心理的研究発表」として公開されている。そこでは読書環境の照度と読みやすさの関係で10ポイント程度以上の大きさの活字では「暗さ」の影響が小さいもののそれ以下のサイズでは暗くなるごとに、また活字が小さくなるごとに読みにくくなっていくこと等が示されている。

大正9年に野村が出した『手易く出される村の新聞』というコミュニティ新聞発行を勧めるブックレットにおいて「「村の新聞」の活字は九ポイントと云う大きさのを用ゐたいと思ひます。今の新聞紙は多く七ポイント七分五厘の活字を用ゐて居りますが、七ポイント七分五厘では如何にも小さくて五燭光の電燈では読みにくい。九ポイントならば、夜分汽車の中でも読めます」〈https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/965217/11〉と書いているのは、そうした研究成果を踏まえたものだ。

地方紙の多くがなかなか8ポイントよりも小さい活字を採用しない背景には、発行部数の少なさ(=設備投資に割ける資金的な余裕の無さ)という側面と、「暗い読書環境」という二つの側面があった可能性を、頭に入れておきたい。

*1:第一次世界大戦が本邦新聞紙面に及ぼした影響について、例えば『大阪毎日新聞社史』(大正14年)79-81頁〈https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1021556/51〉は、海外ニュースを迅速に配信するための通信網整備に多大な費用を要したためという点のみ記している。

*2:少し長くなるが『河北新報の七十年』108-109頁「基本活字と段数の変遷」の節から引いておく。「明治三十年創刊時の六段二十字詰めから、基本活字と段数は何回かの変更をかさねてきたが、その変遷は多くの場合、河北独自の必要からというよりは、中央の大新聞の変更に歩調を合わせたものである。」「新しい活字を作るためには字母を注文しなければならぬ。それにはかなりの時間的余裕が必要だし、出費も大きかった。さらに新しい活字によって段数がふえることは実質的に増ページと同じことで、しかもそれによる労働力の増加は、単なる増ページ以上に工場にとっても編輯にとっても複雑困難なものだった。だから基本活字と段数の変更は一面において大資本による中央新聞の地方紙への圧迫をも意味していた。」

*3:岩手日報百十年史』196-197頁、大正8年の7.75ポイント活字採用に関する5月17日付社告の記録「たまたま昨冬、大阪の両大新聞社に於て七ポイント七五の新活字を鋳造し、現在のページ数を以て内容を豊富ならしめんとするの計画ありと聞きたる。本社に於ては直ちに東京の秀英舎に命じ、巨額の資本を投じて新活字の鋳造に着手せしめたり。」

*4:例えば『山陰中央新報 新聞製作130年史』は自社の使用活字・段数の変遷の情報源としてこの『新聞総覧』を用いているが、前身〈https://www.sanin-chuo.co.jp/www/contents/1580707501901/index.html〉の1つである松陽新聞の場合、大正11年版では「活字改正(大正)10年1月」で「使用活字7ポイント75」とある。12年版では、11年1月1日から7ポイント75活字が使われているとある。7ポ75活字の使用開始が大正10年なのか11年なのか、『新聞総覧』だけからは決定し難い。こうした、原紙あるいはマイクロ資料にあたるべき事例は少なくない。

*5:1916大正5年『日本印刷界』3月号「藍綬褒章を拝受した野村宗十郎氏とは怎麼(どんな)人か」〈https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1517496/54

壽岳文章・靜子『紙漉村旅日記』(昭和18年向日庵版)の活字

神保町のオタ氏によると、2019年12月14日に長岡京市中央生涯学習センターで開催されたNPO法人向日庵の公開研究会「寿岳文章一家 その人と仕事を追う」で、向日庵が使った活字が質疑になったのだという。

お待たせしてしまったけれど、ようやく昭和18年向日庵版『紙漉村旅日記』の本文活字が判明したと言ってよいであろう段階に至ったので、ここに記しておく。

大日本印刷の(原寸直彫時代の)12ポイント活字が、昭和18年向日庵版『紙漉村旅日記』の本文活字であろうと思われる。

実は宮城県図書館に、昭和18年向日庵版『紙漉村旅日記』の中でも特別な一冊が所蔵されている。箱の内側に、次のような献本添え状が貼付されているものだ。

あつき感謝をこめてこの一冊を
奥州白石郷土工藝研究所におくる
昭和十九年二月吉日  壽岳文章

奥州白石郷土工藝研究所は、この特装版の表紙に使われた紙布を漉いたところである。宮城県図書館の蔵書印と共に、「昭和28年4月受入」の押印・記載がある。経緯は判らないが、そのタイミングで寄贈されたものなのだろう。

本文活字以外は寸法しか判別できていないが、一応メモを残しておこう。

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壽岳文章・靜子『紙漉村旅日記』(向日庵版)扉

「紙漉村旅日記」が28ポ、「壽岳」と「著」が21ポ、「文章」と「靜子」が16ポ。

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壽岳文章・靜子『紙漉村旅日記』(向日庵版)刊記

「昭和十八年」「京都向日版」は18ポ。

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壽岳文章・靜子『紙漉村旅日記』(向日庵版)前書

見出し「まへがき」18ポ、本文12ポ。

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壽岳文章・靜子『紙漉村旅日記』(向日庵版)本文

見出し「昭和十二年」16ポ、本文12ポ。

秀英舎(大日本印刷)風と思いつつも書体同定のための材料が少なすぎるため何とも言えなかったこの12ポイント活字なのだけれども、先日仙台駅前イービーンズの古本まつりで購求した『中村汀女・星野立子 互選句集』を媒介として、大日本印刷の明朝活字である蓋然性が高いと言えるようになったのだった。

来る2020年12月20日京都府立京都学・歴彩館で、「書物・和紙・文学 ―寿岳文章の豊かな世界―」という講演会が催されるらしい。もし、冒頭の質疑に関わった方がいらしたら、以上、お伝えいただければ幸甚。


以下、12月13日追記:

ブログ「神保町系オタオタ日記」の12月12日付の記事中島俊郎先生の講演会と内田明先生により解明された寿岳文章が向日庵本で使った活字」にて、冒頭の質疑が次のようなものであったとお教えいただいた。

その時、どなたかの質問で「さすがに寿岳先生も向日庵本で活字は手作りではなかったでしょうね」というようなものがあったと思う。

ここでいう「手作り活字」の内容として、2通りの違った事柄を考えることができるように思われる。1つは、活字書体を自作すること(鋳造活字における父型〈ひながた〉または母型〈鋳型〉をゼロから作り出してしまうこと、もしくは彫刻活字として1本1本の活字を彫ってしまうこと――残された印刷物を見る限り彫刻活字は使われていないので、この可能性は捨てて良い――)。もう1つは、出来合いの活字書体ではあるが、母型を購求し自ら鋳造機を用いて必要な活字を鋳込んでしまうこと。

活字書体が出来合いのものであることは既に記した。残る自家鋳造の可能性について。

印刷・出版工房としての向日庵について「転居の前年より私家本の刊行を発起していた」昭和7-8年というタイミングであれば、ひょっとすると活字母型や活字合金を買い求めておくことが可能だったかもしれない。しかし昭和13年、活字の鋳造に使われる活字合金を構成する鉛・錫・アンチモンは、経済統制を受ける使用制限品目となっている。また、活字母型に使われる銅は、更に貴重な戦略物資とされており、印刷事業者が供出を促されるような状態になっている(このあたりの状況は、中井晨「鮎川信夫と『新領土』(その11-1)」〈http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000012383〉などを参照願う)。昭和13年以降であれば、新規購入は難しかったのではないか。

ところで、昭和4-5年頃から一部の印刷所において、印刷が終わった活字組版を解版して個々の活字を棚に戻す(少しずつ摩耗していく活字と新しい活字が混在した状態で次の印刷に備える)ことよりも、国産化された活字鋳造機を導入し印刷が終わった活字組版は次の活字を新規に鋳造するための「活字地金」化する所謂「活字一回限り使用」の方が総合的なコストが低廉かつ印刷物の仕上がりが美麗であるという動きが出始めている。

美しい印刷物を手作りするという目的で印刷・出版工房を立ち上げようとしていたのであれば、スタート時点において、「自家鋳造による活字一回限り使用」が視野に入っていても不思議ではない。この場合、例えば8ポイント(または9ポイント)と12ポイントのみ母型も備えた自家鋳造を行い、見出し用途の中型・大型活字は活字業者から都度買い求めるというような運用が行われていたのではなかろうか。

向日庵における本文活字の自家鋳造については、他の判断材料が無い限り、行われていたとも行われていないとも言い難い。

『中村汀女・星野立子 互選句集』の12ポイント活字

過日、仙台駅前イービーンズの古本まつりで、『中村汀女星野立子 互選句集』(昭和22年、文藝春秋新社)を購求した。とある12ポイント活字を使った印刷物が教科書系のコーナーあたりに無いだろうかと期待して出かけて見いだせなかった中、なんとなく気になって手にしてみたものだ。

期待した12ポイント活字が本文に使われていた。

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中村汀女星野立子 互選句集』8-9頁(星野選・汀女句抄)
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中村汀女星野立子 互選句集』116-117頁(中村選・立子句抄)

奥付に記された印刷者は、大日本印刷だ。昭和22年4月10日印刷、同15日発行となっている。

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中村汀女星野立子 互選句集』奥付

この直彫時代の12ポイント明朝活字は、大日本印刷に保管されている『主要活字見本帖』(昭和23年)に1行見本の形で掲載されているものくらいしか「公式」の活字見本が知られていなかったもので、ある本の「活字書誌」のために典拠を探し求めていたものだ。

句集なので、きちんと精査すれば、ひらがなの多くの字種を確認することができるだろう。とてもいい資料と出会えて幸せだ。


以下12月13日追記:

ざっくりした目視によって使用文字種を拾い集めてみたところ、ひらがなは濁音・半濁音を除いてコンプリートできる状態(!)だった。カタカナも意外と多い。どうやら大当たり資料だったようだ。

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中村汀女星野立子 互選句集』の12ポイント活字ひらがな
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中村汀女星野立子 互選句集』の12ポイント活字カタカナ

Typography papers1号2号の記事が読みたくてBLオンデマンド初体験

レディング大学タイポグラフィ&グラフィック・コミュニケーション学部のPaul Stiffによって刊行されていた初期Typography papersの次の2本の記事を、何とかして読みたいとここ何年か思っていて。

  • Andrew Boag「Typographic measurement: a chronology」(1996年Typography papers 1号)
  • James Mosley「French academicians and modern typography: designing new types in the 1690s」(1997年Typography papers 2号)


どちらも、活字サイズの歴史に関する話題において、避けては通れないペーパーという扱いであるっぽい。

あちこち探しても国内の所蔵情報がなかなかみつからない。印刷博物館ライブラリー(http://www.libblabo.jp/toppan/home32.stm)や印刷図書館(http://mba-web.co.jp/opac/prj/opac_det.php)には無さげ。

今のところ、CiNiiブックスで引っかかるのは、女子美術大学相模原図書館(http://library.joshibi.ac.jp/)がTypography papers 6号、8号、9号を所蔵しているという情報のみ。

実はCiNiiブックスで所蔵状況が見えないにも関わらず、次の2館は各々のOPACでは一部の号がヒットする。

念のため、他にNACSIS-CAT接続機関としてリストアップされている図書館の中から所蔵の可能性があるところを各館のウェブOPACで個別に検索してみて、次の結果が得られている。

東京藝術大学附属図書館(http://opac.lib.geidai.ac.jp/opc/)以下、東京工業大学附属図書館(https://www.libra.titech.ac.jp/)、九州大学附属図書館(https://www.lib.kyushu-u.ac.jp/)、金沢美術工芸大学附属図書館(https://www-std01.ufinity.jp/kanabi/)、愛知県立芸術大学芸術情報センター図書館(http://aigei-library.blogspot.com/)、京都市立芸術大学附属図書館(https://libwww.kcua.ac.jp/drupal/)、名古屋芸術大学(東キャンパス図書館 https://lib-e.nua.ac.jp//西キャンパス図書館 https://lib-w.nua.ac.jp/)、京都芸術大学(旧京都造形芸術大学)芸術文化情報センター(http://acic.kyoto-art.ac.jp/)、大阪芸術大学図書館(http://osaka-geidai-lib.jp/index.html)、東北芸術工科大学https://library.tuad.ac.jp/)、長岡造形大学附属図書館(http://opac.nagaoka-id.ac.jp/top/)は、所蔵していない模様(少なくとも各館のウェブOPACでは検出できない)。

結局のところ、残念ながら1号・2号を所蔵するところは見当たらないままだ。

このように国内図書館の所蔵情報に行き当たらないだけでなく、ヤフオクや日本の古本屋、あるいは海外の古書流通情報も見かけたことが無い。

WorldcatでTypography papers 1号と2号を検索して見つかる所蔵館は、アメリカの大学図書館4館。ウチの野郎ッコが大学生になるのを待つか、自分が海外ILL対応図書館利用のためだけにどこかの大学の聴講生等になってしまうか、さて。

――と思い悩んでいたわけなのだけれども。今回改めて1号・2号に限定せずにTypography papers の所蔵館をWorldcatで探してみたら、British Libraryが当該号を所蔵していることが判ったので、思い切ってBLのオンデマンドアカウントを登録することにした。

「Pay as You Go」という使った分だけ払うアカウントを作成し、「普通画質で鈍行対応」「鍵かけPDFダウンロード」という値段が一番安くなるパターンを選択。

この「最安」条件でどのような仕上がりのPDFが届くのかが判らないので、先に読みたいと思っていた2号(Mosleyの方)だけを注文。

ちなみに「鈍行〈within 4 days〉」は「4営業日」なので、金曜夜に注文してしまった結果6日間経過してから「準備できたよ」というメールが届いた。

指定したカードからの引き落とし通知は、注文時(先払い)ではなく、準備完了時(後払い)だった。これはたぶん登録時のあれこれをじっくり見ていけば、そのようなシステムだと書いてあるだろう。

全部でA4サイズ24頁分のペーパーに、BLオンデマンドとしての注意事項を記した表紙がついたPDFの取得費用は32ポンド(1ページあたり約180円)だった。内訳は、「Copyright cost」が20ポンド(約2700円)で、「BL Service cost」が12ポンド(約1600円)。

「個人の調査研究のための図書館資料の複製を,無許諾で行う」権利を自由に行使するために、まともに機能する著作権集中管理機関を運営するというアングロサクソン国家(1995年の記事:「CA1029 - 英国図書館,コピーサービスに関し著作権管理団体との間で新協定 / 岡村美保子」https://current.ndl.go.jp/ca1029)のことを、ちょっと羨ましく思ってしまった。

フランス国立印刷局の漢字木活字調査報告に驚く

国立印刷局の漢字木活字(Printing Chinese Characters, Engraving Chinese Types: Wooden Chinese Movable Type at the Imprimerie Nationale (1715-1819)」https://brill.com/view/journals/eaps/10/1/article-p1_1.xml というヤバい調査報告が2020年3月『East Asian Publishing and Society』10巻1号に出てた模様。

著者は、Michela Bussotti(フランス国立極東学院の中国文化史研究主任 https://www.efeo.fr/chercheurs.php?code=305&l=EN&ch=8 )と、Isabelle Landry-Deron(フランス社会科学高等研究院・近現代中国研究センター http://cecmc.ehess.fr/index.php?2624 )の二人。

Abstract

The collection of Chinese wooden movable types is among the oldest treasures of the Imprimerie Nationale. The types were carved in Paris between 1715 and 1819, and they are a legacy of the first French attempts to master the expertise necessary to print Chinese alongside Western alphabetic scripts. This article, which is the result of research conducted at the Imprimerie Nationale, combined with a study of historical and literary sources from various periods kept at the Bibliothèque nationale de France and at Italian libraries, provides a description of the types’ physical characteristics and relates how they were created, designed, organized, engraved, employed, classified and stored.

Our research focuses on the attempts to include Chinese characters in publications in Western languages which were made in Europe and particularly in France from the beginning of the eighteenth century onwards. At a time when Europeans were beginning to expand their range of activities in Asia, printing in Asian scripts was a technical as well as a commercial, political and intellectual challenge. With no Chinese typographer to help, the French team modelled the types on characters found in a Chinese dictionary imported into France by missionaries, and at the beginning of the nineteenth century they published two dictionaries which included Chinese characters printed with wooden type.

上記概要を拙訳:
「漢字木活字コレクションは、フランス国立印刷局の最も古い宝の一つである。1715年から1819年にかけてパリで彫刻されたこの活字は、西洋のアルファベットと中国の漢字を並べて印刷するために必要な技術を、(西洋世界において)フランス人が初めて習得しようとしたことを物語っている。この記事は、フランス国立図書館Italian libraries(訳者注:イタリアの複数の図書館を指すのか、フランスの図書館内にある「イタリア文庫」的なものを指すのか、本文未読のため未詳)イタリアの幾つかの図書館(訳者注:「国立リンチェイ学会図書館 https://www.lincei.it/it/biblioteca-dellaccademia-nazionale-dei-lincei-e-corsiniana」など)に所蔵されている様々な時代の歴史的・文学的資料――活字の物理的特徴、どのように作られたのか、どのように組織され保存されてきたか――についての調査研究成果である。
我々の研究は、ヨーロッパ、とりわけフランスにおいて18世紀初頭以降に作られた、西洋語に漢字を混植することを試みた印刷物に焦点を当てている。ヨーロッパ人がアジアに活動の場を広げつつあった時代において、アジア諸語による印刷は技術的、商業的、政治的、また知的な挑戦だった。中国人印刷技術者の助けが無い中で、フランス人チームは、宣教師たちによってフランスに持ち込まれた漢字字書に出現する漢字を手本とし、19世紀初めには漢字木活字を用いた2つの中国語辞典を出版するに至っている。」

『歴史の文字』(http://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/DPastExh/Publish_db/1996Moji/05/5901.html)や『本と活字の歴史字典』(http://www.kashiwashobo.co.jp/book/b227765.html)、『文字の母たち』(http://www.dnp.co.jp/shueitai/event/LeVoyageTypographique/)などを通じて断片的に知っていた「フランス王立印刷局40ポイント漢字木活字」について、少なくとも日本語でアクセスできる範囲では全く知らなかった情報が満載ということになるっぽい。

そんな本調査研究のヤバさを端的に示している(と思われる)図が、67-68ページに掲載されている、図7A、7B、7C、7Dということになりそうだ。

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Bussotti, Landry-deron「フランス国立印刷局の漢字木活字」(2020)図7

左側(図7A)は、BnF所蔵の、フールモンの書き込みがある漢字辞書『諧聲品字箋(Pinzijian)』。西洋人が使いやすいよう、フールモンがバラして再構成したものという。右上(図7B)も同じで、フールモンがペンで付したノンブルは「145」。右下(図7Cおよび図7D)は切断しきっていない半分繋がったままの状態の木活字6字分(椷銒監(石監)奸姦)を文字面側(正面)から見た写真とネッキ側(側面)から見た写真。側面に、各文字の発音と、漢字検索番号、そして図7Bのノンブル「145」が記されている(図7Bに示されている145ページの後半と、文字の並びが完全に一致している点に注目!)。

実は7年ほど前、大曲都市さんがEdmund Fry『Pantographia』の写真をツイッターで開陳してくださった際(https://togetter.com/li/586752)、次のような妄想をツイッターに流したことがある。

欧米人が明朝体漢字活字を彫り始めていたのは、欧文ローマン体活字とのつりあいがいいからだろう――という一般的な見解に対して、いやいや単に「(手本にされるような)権威ある中文印刷文字が明朝体だった」ってことでしょという斜に構えた(ように見えて、たぶん的を射ている)発想だ。

ちなみに、Fry『Pantographia』から話題が発展した「西洋人の目から見た漢字 - Togetter」の流れで、Fry『Pantographia』に掲げられた漢字見本の参照先である『百科全書』が依拠した漢字字書は、部首の扱いから考えて『康煕字典』ではなく『正字通』あるいは『字彙』だと思われる、という指摘があった。

フールモンが進めた王立印刷所(当時)の「40ポイント漢字木活字」に関しては、具体的に依拠した資料(と、その利用状況)まで、今回のBussottiとLandry-deronによる調査報告によって判明してしまったわけだ。

フールモン関連の資料は、日本語で「近代活字史」を追っている者が知らなかっただけで、「中国学」や「東洋学」といった方面では既に明らかだったのだろうか。7年前の段階で「後で読む」と思っていた石崎博志「宣教師たちはどのような字書をみていたか」https://kaken.nii.ac.jp/en/grant/KAKENHI-PROJECT-17720089/(2007年『琉大アジア研究』 第8号2021年2月18日追記:左記の科研費情報には第8号1-16頁と書かれているが第7号3-19頁が正しい)を、まだ目にしていない……。


2020年7月13日追記:

フランス国立図書館BnFのデジタル資源アーカイブGallicaで、2種類の『諧聲品字箋 Xie sheng pin zi jian』を閲覧することができる。

1つは、書誌データに「Chinois 4657」と書かれているもの。画像データではラベルに「4656」と書かれていて、BussottiとLandry-deronが指摘する「フールモンのメモ」が見える。

gallica.bnf.fr

もう1つは、書誌にコレクション番号の記載は無いが、詳述のところに「Exemplaire relié en désordre, portant la mention : A Fourmontio in novum ordinem digestum.」つまりBussottiとLandry-deronが言及する、フールモンがバラしてメモを書き入れたもの、とされるものだ。

gallica.bnf.fr

実際に異なる原本を異なるデジタル資源にしたものなのか、異なる原本が存在するがデジタル資源としては一方のみを見せているという格好になっているのか、気になるところである。


2020年7月19日追記:

Abstractに「Italian libraries」と書かれていたのは、「国立リンチェイ学会コルシニアーナ図書館 https://www.lincei.it/it/biblioteca-dellaccademia-nazionale-dei-lincei-e-corsiniana」など、「イタリアの複数の図書館」の意味だったことが判りました。例えば第2.3節「イタリアの中羅辞書と未刊行プロジェクト(Chinese-Latin Dictionaries and Unfinished Publishing Projects in Italy)」に曰く。中羅辞書の1つであるBasilio Brollo手稿(コルシニアーナ図書館蔵)の初巻(1726年に広東で作られたもの)について20世紀初頭にGiovanni Vaccaが記したところによると「文字が印刷された紙片と文字が彫られた木片の存在に言及があった」といい、「著者らが2015年5月にコルシニアーナ図書館を訪問したが見つからず、その後行われた図書館のcuratorらによる調査によってもVaccaが言及した〈小さな木片〉を発見するには至っていない」由。


2020年7月30日追記:

Bussotti・Landry-Deron「国立印刷局の漢字木活字(Printing Chinese Characters, Engraving Chinese Types: Wooden Chinese Movable Type at the Imprimerie Nationale (1715-1819)」を一通り読んでみた結果、特に3章本文および関連注釈の要点をピックアップ。

  • 王立印刷所で40ポイント漢字木活字を制作するために(フールモン以来)お手本として『諧聲品字箋(Pinzijian)』を使っていたというのは、Joseph De Guignes『Essai historique sur la typographie orientale et grecque de l'imprimerie royale』75頁(https://books.google.co.jp/books?id=JxcCAAAAQAAJ&pg=PA75#v=onepage&q&f=false)の記述によって既知だった模様。
  • 更に、フールモン『Catalogue des ouvrages de m. Fourmont, l'aîné』71頁(https://books.google.co.jp/books?id=0IcUAAAAQAAJ&pg=PA70#v=twopage&q&f=false)に、40ポ漢字木活字の製作に携わった製図工 ‘Mr. Gautier, painter’ および6人の彫刻師Reisacherライザッハ、Chambonneauシャンボノー、 Blandinブランダン、 Vassautヴァソー、 Tessierテシエ、Saint-Loupサンルーの名が記されている。

曰く:

  1. 辞書全体に番号を振る
  2. 何を描くべきか印をつける
  3. 木材に写された図を確認する
  4. 適切な順序で彫刻師に渡す
  5. 彫刻済み木片の校正刷りを行う
  6. 校正刷りの番号が最初の番号と対応していることを確認
  7. 木片を鋸で切り分ける
  8. 辞書順に従い文字を引き出しに整理する

こうした、当時の当事者たちが書き残していた「〈王の漢字〉こと40ポイント漢字木活字製作に関する記録」が存在したということ自体や、そこに書かれている内容が(少なくとも)自分が見聞できた範囲の日本語情報には見当たらない新資料だったわけだが。

王立印刷所に現在保存されている40ポ漢字木活字を著者らが調査したところ、繋がっている状態の木活字バーや、元々一連の状態で制作されたであろう切り離し済み活字を原状通りに並べてみると、彫刻師のサインを見つけることが出来、TessierテシエとVassautヴァソーのサインが最も多かったという。

フランス国立印刷所の40ポ漢字木活字と、フランス国立図書館所蔵の(フールモン旧蔵)『諧聲品字箋(Pinzijian)』を精査することで、ギーニュとフールモンが書き残していた40ポ漢字木活字開発事情が物的に裏付けられたということになるわけだ。