日本語練習虫

旧はてなダイアリー「日本語練習中」〈http://d.hatena.ne.jp/uakira/〉のデータを引き継ぎ、書き足しています。

#ndldigital コレクションで公開されている大正10年から昭和20年までの入稿原稿類(2018年1月作成の故twitterモーメント)

twitterがXになり、「モーメント(Moments)」機能でまとめたメモの閲覧もできなくなってしまったのが自分にとって想像以上に不便である――twilogのキーワード検索では「流れ」や「塊」がうまく拾い出せなかったりする――ので、標記モーメント(https://x.com/i/moments/949824886557499392)を2018年1月の吹囀ツイート履歴から再構成してみました:


#ndldigital コレクションで、平成26年の「あの人の直筆」http://ndl.go.jp/jikihitsu/part2/s8_2.html 展示資料より多くの「直筆原稿」を検索する方法を思いつく機会がなかったのだけれど、これ、「古典籍(貴重書)」のみ検索対象にして、NDCでの絞り込みはかけず、年代のみ(例えば)大正10~昭和10年に絞ると、
https://x.com/uakira2/status/949650746902962177

早速、小山内薫「番町の怪と高輪の怪と」http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2532513/3(1923『中央公論』5月号)入稿原稿が。欄外に「中公/説苑/乙ノ二/本文/ポイント/二段」の組方指定あり。この時期なので、「五号」や「六号」でなく「ポイント」とだけ書けば、それは9ポ活字の指定。

https://x.com/uakira2/status/949652039344128000

1924年の『中央公論』に載った芥川龍之介「少年続篇」http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2532512/3 の組方指定も「中公小説第三 本文ポイント/段組み十七行」と、やはり「ポイント」とだけ記す方式。

https://x.com/uakira2/status/949653333538619392

これが1927年の『改造』に載った芥川龍之介「河童」http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2541083/2 になると……、あれれ、「改造 〓11ポ二段廿一行 ルビツキ」って、「11ポ」って書いてある?!……本文「11ポ」?!

https://x.com/uakira2/status/949655034165252096

1932年の和辻哲郎「日本に於ける仏教思想移植史」は、西田幾多郎史料の幾つか https://x.com/i/moments/949274402226503680 と同様、「岩波講座哲学」用の入稿原稿。なので、特殊な組み合わせになる連続区切り符号に、組方指定がある。ここ http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2532438/7 では句点と開き二重括弧が連続するところをアケる。

https://x.com/uakira2/status/949657523916701697

- 「西田幾多郎史料の幾つか」に関するtwitterモーメントは「京都学派アーカイブで公開されている西田幾多郎史料(入稿原稿に記された組方指示)に関する「日本語マイクロ・タイポグラフィの精神史」覚書(2018年1月作成の故twitterモーメント)」(2026-01-10)に移築済

1933年の白井光太郎「樹木和名考」http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2576014/2 は、同年に内田老鶴圃から出た同名単行本の入稿原稿ということになるようだ。組方指定が、9ポイント角ゴシック活字のことを「9ゴヂ」または「9ゴ」と記している。

https://x.com/uakira2/status/949659908617658368

1934年の和辻哲郎「日本精神」http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2532445/4 は『岩波講座東洋思潮』の入稿原稿。9ポイント角ゴシック活字のことは「9ポゴチ」と表記。テキスト中に連続約物が無いのか、本文中、アキを指示した箇所は無いようだ。

https://x.com/uakira2/status/949791175816302592

1935年の和辻哲郎「カント実践理性批判http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2532426/6 は同年の同名単行本入稿原稿。目次冒頭下部に記された、ページの数字に関する指定、「T〓/6号/二分/平字」の後半は、ヨコ六号タテ八号相当の平型活字を指定したものと読めるのだけれど、「T〓」のところが良く判らない。

https://x.com/uakira2/status/949795616854499328

また、この「カント実践理性批判」では句点と開き括弧のが連続する箇所にアキの指定が見られるという観察結果が得られたのはいいとして、段落字下げのところに、たまに記されている「y為」のような印 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2532426/24 は何なんだろう……。

改行?
https://x.com/kzhr/status/949798250109837313

おおなるほど、この二文字目、確かに見出しを二行取りにする指示書き「二行分」http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2532426/14 の「行」と同じ書き方になってますね。ということは、全部の原稿段落字下げ箇所でなくところどことに記されているのは、実際には「一行アケる」指示?

https://x.com/uakira2/status/949800813987164160

引き続きNDlデジコレ「古典籍(貴重書)」。今度は検索範囲を昭和11~20年に変えて、久保田万太郎「花冷え」http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2532522/5。1938年『中央公論』6月号掲載の入稿原稿。〈媒体スタンプ〉が捺されている他、文選工の署名印が小さく押されている貴重資料。
https://x.com/uakira2/status/949806548158578688

冒頭 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2532522/5 の「九ポ一段/十八行/奇起し」や、「5ゴ」はいいとして、二行取りを指示する朱書きが「二行分」と書かれているものなのかどうか、さて。

https://x.com/uakira2/status/949807062413803520

和辻哲郎「献身の道徳とその伝統」http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2532454/4 は岩波講座倫理学用の入稿原稿。これまで見てきた和辻の原稿は「岩波書店原稿用紙」に書かれていたが、註釈を多数必要とするテキストであるためか、頭註欄を設けた無記名原稿用紙が使われている。
https://x.com/uakira2/status/949810983299571713

9ポ本文に対して、頭註欄に記載された多くは「六ポワリ」、つまり6ポ活字の割注形式で組むよう指示書きがある。中には本文への挿入とされるものもある。最も込み入った割注原稿のところには「丁寧ニ組マレタシ」http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2532454/12 の注意書きが追加されている。

https://x.com/uakira2/status/949811985469685760

完全にチェックできたわけではないが、「献身の道徳とその伝統」には連続約物のアキの処理に特段の指示は無かったように見える。一方、行末処理に関わる「追込ミ」http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2532454/67 の指示用語が使われている。

https://x.com/uakira2/status/949813540667375617

和辻哲郎「武士道」http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2532452/7 は、1941岩波講座倫理学の入稿原稿。岩波書店原稿用紙に書かれている。文言の出典を示す割注形式の字句は本文と同じ箇所に書かれていて、「6ポ」の指定。

https://x.com/uakira2/status/949816023494017025

土井晩翠「オヂュッセーア. 第1」の冒頭数枚、はじめに入稿原稿があり http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2546555/2、次にそのゲラ刷り(書き入れあり)http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2546555/5 が挟まれているという、文選工の技量が浮き彫りにされる史料。残念ながら文選工署名印は無し。
https://x.com/uakira2/status/949818851696394240

1941年の資料とされているのは、これは冨山房から1943年に出版された晩翠訳・ホーマー『オヂュッセーア』の入稿原稿(およびゲラ刷り)ではなく、その前段階に別の形で出版されたものの原稿という扱いなのだろうか。
https://x.com/uakira2/status/949819537494499328

和辻哲郎「人倫的国家の理想とその伝統」。前半(25コマまで)http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2532451/25 は、引用文の箇所に「8ポ二字下り」の指定が朱書きされていたり、各原稿用紙に「岩波講座倫理学」の押印があったり、通り番号の押印があるといった形で「入稿原稿」としての痕跡があるが、
https://x.com/uakira2/status/949822669997813760

26コマ目 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2532451/26 以降にはそうした痕跡が残されていない。どういう事情なのだろう。

https://x.com/uakira2/status/949823184110366720

また、和辻哲郎倫理学. 中巻」にも組方指定が一切記されていない。1枚目上部の鉛筆書きや、右余白の「倫理学中巻/(原稿)(初校分)」という朱書きは、この原稿用紙の保存・伝承に関わった人々の書き入れで、このマテリアルは直筆原稿かもしれないが「(初校の)入稿原稿」ではないのではないか?

https://x.com/uakira2/status/949824734782345217



以上は「入稿原稿の「組方指定」または「組版指定」の歴史を眺める」(2018-01-06)からリンクしていたモーメントを元ツイート履歴から再構成したものです。

弘南堂書店から出ている「自筆原稿」類の「自筆」じゃない部分の見どころ覚書(2018年1月作成の故twitterモーメント)

twitterがXになり、「モーメント(Moments)」機能でまとめたメモの閲覧もできなくなってしまったのが自分にとって想像以上に不便である――twilogのキーワード検索では「流れ」や「塊」がうまく拾い出せなかったりする――ので、標記モーメント(https://x.com/i/events/949608411464740864)を2018年1月の吹囀ツイート履歴から再構成してみました:




まぁ実際に「五号8分の1」(トタン罫)5枚分(=6.562pt)に鋳込んだ「小型7ポ」なんていうものが作られたりしていた(岩田母型の活字見本では、7ptのものを「大型7ポ」、5罫のものを「小型7ポ」と呼んでいる)ので、「8.0アメリカンポイントじゃない「8ポ」活字」というのもあり得る。
https://x.com/uakira2/status/949581084877967360


…後に単行本(?)へ収録される際に「略字旧仮名」で小書き仮名ナシに改められたのではないかという具合に見えるのだ。著者名「鷲巣繁男」の取り消し線が、初出誌『文藝』の入稿原稿として一回使われたあとで再度単行本の入稿原稿として活用されたことを示す、という風に思われる。
https://x.com/uakira2/status/949587137845805058


掲載誌において行が改められるべき箇所(と思われるところ)の、おそらく全てに【」】と朱書きされている。この【」】は、①グラフ誌ならではなのか、②(手動)写植時代の文字ものにつきものだったのか、③アサヒグラフ特有なのか。はてさて。
https://x.com/uakira2/status/949591996884135936

難しいですね…私の手動写植時の経験でいえば、基本的に改行位置を予め特定する必要がありました…が、原稿への書き込みを制限というか禁止される場合はありました(その際は鉛筆書き)…可否どちらにせよ追い込むために歯送りを戻す(あるいは追い出すためにプラスする)印しを記入するのは常でした…
https://x.com/works014/status/949605152117288960

ご教示ありがとうございます。
https://x.com/uakira2/status/949607977413091328

(これはベタ組みおよびマイコン搭載前の際の例で、搭載後は〈ベタ組み/ツメ組みに関わらず〉予め空印字した際に施した戻し量などを記憶できますので、手順は少し異なります…念のため…)
https://x.com/works014/status/949624809910026240

(はい、こういう「ヒト」と共に消えてしまうであろう知見は共有していただければ…)
https://x.com/uakira2/status/949611742916616199



以上は「入稿原稿の「組方指定」または「組版指定」の歴史を眺める」(2018-01-06)からリンクしていたモーメントを元ツイート履歴から再構成したものです。

昭和戦前期『改造』の割り切れない行長について(2018年1月作成の故twitterモーメント)

twitterがXになり、「モーメント(Moments)」機能でまとめたメモの閲覧もできなくなってしまったのが自分にとって想像以上に不便である――twilogのキーワード検索では「流れ」や「塊」がうまく拾い出せなかったりする――ので、標記モーメント(https://t.co/czQwtxD0ff)を2017年7月の吹囀ツイート履歴から再構成してみました:


『アイデア』370号大澤聡「批評/メディア/マテリアル試論―193510」twitter.com/uakira2/status… の際にはインクの方しか見ていなかったので、この4種の昭和10年10月号が組版書誌目線で見た際に無視できない違いを持っていたことに気づかなかった、と今気づいた。
https://x.com/uakira2/status/886374476291506176

『アイデア』370号 http://idea-mag.com/idea_magazine/370/ 114頁掲出『中央公論』の4「原敬日記抄」は本文8ポ30字詰21行(行間六号=7.75ポ)の二段組なのだけれど、115頁『改造』の2「岡田内閣の運命」は8ポ30字詰19行(行間9ポ)の二段組、というだけでは…
https://x.com/uakira2/status/886377573042724864

…十分な「組版書誌」とは言えず、『中央公論昭和10年10月号8ポ二段組の行長は8ポ30字文=240ポで、一方の『改造』は8ポ30.5字分=244ポとなっている。
(このように1行の天地の距離が〈全角ベタ〉の整数倍ではない場合、どのように記録すべきだろう…)
https://x.com/uakira2/status/886378814032367617

仮の行長表現で記しておくと、『アイデア』370号 http://idea-mag.com/idea_magazine/370/ 116頁掲出『日本評論』の2「『生長の家』を解剖する」は本文8ポ30字詰(行長全角30字)19行(行間9ポ)の二段組で、…
https://x.com/uakira2/status/886381160128851970

…同117頁『セルパン』の1「行動主義の前途」は本文8ポ30字詰(行長全角30字半)21行(行間9ポ半の二分四分=7.125ポ)。
同じ1段21行で行間を本文文字サイズよりも狭く取っている『中央公論』ならルビを八号活字にすれば特段の調整を要せずに一定の行間隔で組める訳だけれど、…
https://x.com/uakira2/status/886382373641658368

…『セルパン』昭和10年10月号の「本文8ポ、行間9ポ半二分四分(7.125ポ)」の場合、ルビや圏点が使われた場合、何らかの調整が必要になった筈だ(ルビを4ポとした場合3.125ポという端数が残るが、このようなインテルは無いように思われる)。いったい、どのように処理しただろう。
https://x.com/uakira2/status/886383449212190720

この『セルパン』昭和10年10月号の、別フォーマットの8ポ二段組である、『アイデア』370号 http://idea-mag.com/idea_magazine/370/ 117頁3「フロンティズム」は本文8ポ32字詰21行で、一見匡郭(罫)が無い分行長を増やしただけのようにも見えるのだけれど、…
https://x.com/uakira2/status/886386084170448896

…圏点が使われている分行間が一定していないようで、六号(7ポ75)のところと8ポのところ(圏点が使われている行間と、その周辺)の二種類があるようだ。
(370号で見えている範囲では、狭い方の組み方〈行間9ポ半二分四分=7ポ125〉にルビや圏点が使われてなかったのが惜しまれる。)
https://x.com/uakira2/status/886386755787567104

雑誌の本文が9ポから8ポに切り替わる(あるいは、9ポと8ポの併用が始まる)時期はいつ頃かという調査の一環で昭和2年頃に8ポが〈『改造』デビュー〉してる https://x.com/uakira2/status/744110317844602880 っていう観察結果を得ていたんだけど、組み方をちゃんと確認するのを怠った。莫迦め。
https://x.com/uakira2/status/887298739425075200

『改造』の8ポ二段組み、仮説的には、当初30字詰×行長30字、昭和10年10月までのどこかの時点で30字詰×行長30.5字、昭和19年の休刊までのどこかの時点で30字詰×行長31字という変遷を辿るのではないかと思うのだけれど、答え合わせはどうなるか…
https://x.com/uakira2/status/887299648682995712

組版書誌ノオト『パイデイア』篇として「入ってるインテル」か「行間を読んでみた」というようなタイトルでゴールデンウイーク明けにはこのあたりのこと https://x.com/uakira2/status/858604018423046144 を書き留めておこうと思ってたんだけど、「定型」の出来方を知っておきたいと思って沼。
https://x.com/uakira2/status/887304844238766080

久しぶりに30分程県立図書館に立ち寄る時間が出来たので行ってみたところ、以前8ポと判断した、『改造』昭和2年6月号の二段組に使われている活字が、どうもおかしい。組み方は32字詰23行。
https://x.com/uakira2/status/887633936129474560

13箇月程前に見た際、秀英電胎8ポを採用することとなった世界文学全集を広告してる『新潮社出版月報』昭和2年2月号 https://x.com/uakira2/status/816981563640451072 と同じタイミングで同じ文字面だからという安易な判断で「8ポ」としてしまっていた可能性がある。
https://x.com/uakira2/status/887634326082297857

昭和6年頃のものを見ると例の「31.5字詰」で19行というような具合で、色々とよく判らない。
ともあれ、今使ってる「六号スケール」で活字サイズを再度測り直してみなければ…(正方形目盛りではなく、「二分」が見やすい目盛りを付け足しておく必要があるかもしれない。)

六号活字計測用「内田スケール」(部分)

https://x.com/uakira2/status/887636710653218832

昭和10年の行長(段の高さ)8ポ×30.5字=244ポは、計算上7ポ75×31.5字=244ポ125と0.04mmしか違わない。昭和5-9年頃の『改造』の「31.5字」は、「高木元「『浮雲』 書誌」の〈組版書誌〉に寄せて」http://d.hatena.ne.jp/uakira/20170406 で問題化…
https://x.com/uakira2/status/887638715828387840

…しようとしていた、「8ポ活字書体を六号〈7ポ75〉ボディーに鋳込んだ活字」だったのではないか?
これはしっかりと測り直さねば。
https://x.com/uakira2/status/887639120817803264

「六号スケール」で計ってきたら、『改造』昭和2年6月号の二段組本文の活字サイズは8ポイントだった。ただし、ルビなしの巻頭小論文は32字詰23行で、総ルビのテキストは31字詰・行長31.25字(「31字四分」表記の方がいい?)21行という具合。どちらも段間は1.25字(1字四分)。
https://x.com/uakira2/status/888009632001609728

後者の本文8ポ31字詰行長31字四分21行二段組段間1字四分という体裁は『改造』昭和3年5月号、4年5月号、5年6月号でもポピュラーに使われていたので、何らかの合理性がある仕様だったのだろう。
https://x.com/uakira2/status/888014399033679876

『改造』のこの体裁における段の「長さ」または「横幅」方向である「8ポ21行+行間20」が114~115mm程度なので、行間は2.74~2.75mm程度。その時点の秀英舎の六号(7ポ75≒2.72mm)より少し大きく、8ポ(2.8112mm)より小さい。
https://x.com/uakira2/status/888016125727985664

この行間2.74~2.75mmをコンマ75で割ると3.65~3.67mmという値になり、これは当時の秀英舎の五号活字の寸法なので、昭和一桁頃の『改造』の本文8ポ31字詰行長31字四分21行二段組における行間に〈入ってるインテル〉は五号二分四分と思っていいだろう。
https://x.com/uakira2/status/888016874419527680

『アイデア』377号にパイロット版が収録された白井敬尚組版造形』で取り上げられた竹久夢二『小夜曲《せれなあど》』の組版書誌http://d.hatena.ne.jp/uakira/20170402 においてインテルを(秀英)五号と考えたのも、このようなリヴァース・エンジニアリングによる。

竹久夢二『小夜曲《せれなあど》』のインテルを推定

https://x.com/uakira2/status/888019645831168000

それにしても、この期間限定って感じで使われた9ポ仮名の素性が相変わらず判らない。何者なんだ?!
https://x.com/uakira2/status/888021169772740608



以上は「入稿原稿の「組方指定」または「組版指定」の歴史を眺める」(2018-01-06)からリンクしていたモーメントを元ツイート履歴から再構成したものです。

京都学派アーカイブで公開されている西田幾多郎史料(入稿原稿に記された組方指示)に関する「日本語マイクロ・タイポグラフィの精神史」覚書(2018年1月作成の故twitterモーメント)

twitterがXになり、「モーメント(Moments)」機能でまとめたメモの閲覧もできなくなってしまったのが自分にとって想像以上に不便である――twilogのキーワード検索では「流れ」や「塊」がうまく拾い出せなかったりする――ので、標記モーメント(https://twitter.com/i/moments/949274402226503680)を2018年1月の吹囀ツイート履歴から再構成してみました:


京都学派アーカイブ http://kyoto-gakuha.info/nishida.php 西田幾多郎史料No.09-1「自覚的限定から見た一般者の限定」は、〈意識高い〉組方指示の痕跡を探し求めている当方にとって、とてもとてもありがたいもの。
https://x.com/uakira2/status/949122052794982401

- 2026年注:京都学派アーカイブの「西田幾多郎アーカイブ」はURLが変更されている https://www.kyoto-gakuha.org/nishida.php

これは1929年『思想』11月号掲載「自覚的限定から見た一般者の限定」の入稿原稿で、1枚目に雑誌掲載原稿ならではの「組方指示」メモが添付されている。よくこのメモ込みで残っていたものだと拝みたい。


https://x.com/uakira2/status/949122587598077954

先ほど「〈意識高い〉組方指示」と記したのは、〈オルタナ出版史〉が言う「美しい本」の「美しい」と恐らく同じ意味合いになると思われる「美しい本文(本文組)https://x.com/uakira2/status/919514151088570369」を志向する、そのような意識がハッキリと示されているような指定の痕跡が観察される――ということ。
https://x.com/uakira2/status/949123414538665984

例えば、この「自覚的限定から見た一般者の限定」入稿原稿の2枚目、句点と開きカギ括弧が続くところに(のみ)、全角込物を挿入するよう赤ペンで指定されている。

https://x.com/uakira2/status/949124083605581829

日本語マイクロ・タイポグラフィの一つの難所である連続約物の処理に関して、「自覚的限定から見た一般者の限定」入稿原稿の8枚目には、読点と開きカギ括弧が連続する箇所を四分空けるよう指示があり、その閉じ括弧の後ろも四分空けるよう指定。

https://x.com/uakira2/status/949124743629717504

おそらく、「岩波書店組版ルール」http://aoyamabc.jp/culture/typetalks34/ というようなものがまだ十分に成立していない時代の、〈意識高い〉編集者(組方指示者)と、組版・印刷担当者との間の、「美しい本文(本文組)」実現に向けた協同の意思、格闘の痕跡。
https://x.com/uakira2/status/949125456426500096

先述した西田幾多郎史料No.06「自覚的一般者に於いてあるもの及それとその背後にあるものとの関係」入稿原稿8枚目などと並んで、貴重な【「美しい本文(本文組)」成立過程の精神史】の史料として、とてもとても有難い。

https://x.com/uakira2/status/949127020276998145

西田幾多郎史料No.10「無の自覚的限定、私の絶対無の自覚的限定といふもの」、2枚目のシート以降が、1931『思想』2月号、3月号に掲載された「私の絶対無の自覚的限定といふもの」に相当するテキストが記されているもの――ということになるのだろうけれど、
https://x.com/uakira2/status/949239334216978434

シート左上隅に手書きで記されている番号を上書きするような新しい番号が(ゴム印で?)捺されている以外、入稿原稿であるらしき特段の痕跡が無く、「原稿(控え)」なのか「草稿」なのか、マテリアルの性質がよく判らない。
https://x.com/uakira2/status/949239820668170245

西田幾多郎史料No.11「歴史」は、何らかの入稿原稿であることを示す組方指示が朱書きされており、「哲学」「西田氏」の朱印が、その「何らか」が何であるかを示すヒントになるものと想像されるのだけれど、グュルベルク氏による年表 http://f.waseda.jp/guelberg/nishida/main.htm に見えないため「何」が何だか判らない。

https://x.com/uakira2/status/949241739797147648

西田幾多郎史料No.12「自由意志」も1932『思想』5月号の入稿原稿であるようだ。1枚目上部余白に小さな紙片が貼られて剥がされた(剥がれた)、そのような跡が見えるのは、No.09-1「自覚的限定から見た一般者の限定」同様の、別添組方指示書が貼られていたものと推定される。

https://x.com/uakira2/status/949242967847452672

西田幾多郎史料No.13「形而上学序論」によって、先ほどのNo.11「歴史」の「何か」が判った。「岩波講座哲学」だ。

https://x.com/uakira2/status/949244872313024512

そしてNo.11「歴史」の1枚目のシート左上隅に「2」というゴム印が押されていたのは、No.13「形而上学序論」のように扉を「1」として本文を「2」から開始する、そういう意味だったわけである。

https://x.com/uakira2/status/949245288031559680

西田幾多郎史料No.14-1「世界の自己同一と連続」は、1935年『思想』1月号の掲載ページへの書き込みによる、単行本『哲学論文集』用の入稿原稿。

https://x.com/uakira2/status/949248201185402880

史料No.14-2「行為的直観の立場」は、1935年『思想』7月号の入稿原稿。もし『思想』のテキストと『哲学論文集』収録のテキストが(一部)書き変わっているなら、No.14-2同様、掲載ページへの書き込みが単行本用の入稿原稿として使われたのだろう。

https://x.com/uakira2/status/949249825702256640

この「行為的直観の立場」7枚目に閉じ丸括弧と句点が連続している箇所があり、そこだけ、句点の後ろにアキを確保するよう組方指示が朱書きされている。「日本語マイクロ・タイポグラフィの精神史」的に(ここ以外に注意書きが必要とされていないという点を含めて)注目。

https://x.com/uakira2/status/949251097322926081

史料No.14-3「図式的説明A」は、単行本『哲学論文集』のために書きおろされた入稿原稿ということになるようだ。朱書きされた組方指定の他、作業経過に関するメモが薄く鉛筆書き(?)されている。

https://x.com/uakira2/status/949255659941330945

史料No.14-3「図式的説明A」の上部余白に押されている紺のスタンプ、左側が11月29日、右側が11月30日と日付が書き入れられているようなのだけれど、インクの薄さと画像解像度の関係で何の日付なのか判らないのがもどかしい。
https://x.com/uakira2/status/949256119762919425

以下、あまり変化が無い部分を飛ばして、西田幾多郎史料No.18「物理の世界」。掲載誌『思想』(1944年1月号)の名がゴム印(仮称「媒体スタンプ」)で捺され、また左下余白に進行管理用と思われる罫区切りスタンプが押されているようだが、内容が読み取れないのが残念。

https://x.com/uakira2/status/949268582679982080

史料No.18-p「哲学論文集第6、扉、序、目次」は、よくぞこの形で遺してくださったと、これまた拝みたい。扉ページは黒インクも赤インクもどちらも編集者の手によるものだろう。扉の余白に判型と本文の字数・行数・予想総ページ数などが併記されている他、扉の指定の細かさがまたイイ。

https://x.com/uakira2/status/949270864062644226

そして、このNo.18-pが「哲学論文集第6、扉、序、目次」と名付けられるなら、14-pは「哲学論文集、第1、序」ではなく「哲学論文集第1、序、目次」とされるべきで、同様に15-1も「哲学論文集、第2、序」ではなく「哲学論文集第2、序、目次」であるべき。
https://x.com/uakira2/status/949271359934291969

更にまた、No.18-p「哲学論文集第6、扉、序、目次」の扉と目次は西田の筆跡ではないように思われ、14-pと15-1も「目次」は西田の筆跡であるように思われる。
https://x.com/uakira2/status/949271654412181504

生きた用語の歴史という意味で、西田幾多郎史料No.19「予定調和を手引きとして宗教哲学へ」(1944年『思想』5月号)入稿原稿1枚目欄外に「初校二通刷」と簡潔に朱書きされているのに対して、

https://x.com/uakira2/status/949273238848196609

史料No.20「デカルト哲学について、同附録」(1944年『思想』7月号)入稿原稿1枚目欄外に「初校 *二 *通 願ひます」とハッキリ書かれていたりするのが面白い。5月号で「初校二通刷」が通じず困ったりしたのだろうか。

https://x.com/uakira2/status/949273865238163459



以上は「入稿原稿の「組方指定」または「組版指定」の歴史を眺める」(2018-01-06)からリンクしていたモーメントを元ツイート履歴から再構成したものです。

日本語マイクロ・タイポグラフィの実践者としての編集者と組版者の働きを「入稿原稿」の「組方指定」と刊本から読み取る(2018年1月作成の故twitterモーメント)

twitterがXになり、「モーメント(Moments)」機能でまとめたメモの閲覧もできなくなってしまったのが自分にとって想像以上に不便である――twilogのキーワード検索では「流れ」や「塊」がうまく拾い出せなかったりする――ので、標記モーメント(https://twitter.com/i/moments/949256909726470144)を2018年1月の吹囀ツイート履歴から再構成してみました:


SMART-GSの活用によって読み解けなかった田辺元手書き資料が読めるようになりつつある、http://langrid.org/culture/jp/research/r_kenkyu6/ くらいの意識しか持っていなかった「京都学派アーカイブ」で、2012年に西田幾多郎史料が大量公開されていた http://kyoto-gakuha.info/nishida.php ことを今頃知った。
https://x.com/uakira2/status/948902240122621953

- 2026年注:京都学派アーカイブの「西田幾多郎アーカイブ」はURLが変更されている https://www.kyoto-gakuha.org/nishida.php

アーカイブで出版年が1928となっている、資料No.01「所謂認識対象界の論理的構造」は、この原稿の1枚目に赤ペンで記された大量の(とても細かく注意深い)組方指示の内容が、

https://x.com/uakira2/status/948903987041808384

1930年に岩波書店から出版された『一般者の自覚的体系』の最初の章「所謂認識対象界の論理的構造」http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1186771/6 の体裁に完全に合致するから、同書の入稿原稿であると考えて良さげ。

https://x.com/uakira2/status/948904859574484994

ひとつ飛ばして西田幾多郎資料No.03「自己自身を見るものの於いてある場所と意識の場所」も、岩波1930『一般者の自覚的体系』の同題第三章 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1186771/68 の入稿原稿で、欄外に押されている「松」「菊」などは印刷を担当した秀英舎において本書を担当した文選工の署名(押印)と考えられる。

https://x.com/uakira2/status/948906523744350210

第三章の入稿原稿は、先行発表された掲載誌『哲学論考』に西田が校正・推敲を加えた書き入れ原稿に、編集者が更に組方指示を朱書きしたという形態になっている。この特徴に基づき、京都学派アーカイブ西田幾多郎史料では「印刷物頁」と名づけられた資料群の一つ。
https://x.com/uakira2/status/948907760267051008

西田幾多郎資料No.04「叡知的世界(哲学體系の一企画)」も、岩波1930『一般者の自覚的体系』の第四章「叡知的世界」に合致し、第三章同様『哲学論考』への書き入れによる入稿原稿である。

https://x.com/uakira2/status/948909254945136646

西田幾多郎資料No.05「直覚的知識(哲学體系の一企画)」も、岩波1930『一般者の自覚的体系』の第五章「直覚的知識」に合致し、第三章・第四章同様『哲学論考』への書き入れによる入稿原稿である。

https://x.com/uakira2/status/948910342049968128

西田幾多郎資料No.06「自覚的一般者に於いてあるもの及それとその背後にあるものとの関係」は、朱書きの正確な読み取りは困難だが、判読し得る限りの内容では著者名の活字指定が生きていることなど、この部分が独立して掲載された初出誌の入稿原稿であることを示しているようだ(後に岩波1930収録)。

https://x.com/uakira2/status/948912460362170369

西田幾多郎資料No.07「一般者の自己限定」も、06同様、初出誌の入稿原稿を示すと考えられる組方指示が朱書きされていて、こちらの方が多少鮮明に残っている(後に岩波1930 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1186771/236 収録)。

https://x.com/uakira2/status/948913510498488322

西田幾多郎資料No.08「一般者の自己限定と自覚」は、初出誌『哲学研究』への書き入れによる入稿原稿で、岩波1930『一般者の自覚的体系』http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1186771/280 への収録にあたって「総説」に改題されている。

https://x.com/uakira2/status/948915032028360704

以上、西田幾多郎資料No.01~08のうち、単行本『一般者の自覚的体系』の入稿原稿であることが「組方指示」の内容から明らかであるものには、すべて「哲学體系の一企画」という印が捺されている。したがって、資料04と05にだけ名称に「(哲学體系の一企画)」が付されているのは少し不自然だし、
https://x.com/uakira2/status/948915833505439745

一方で、当初『一般者の自覚的体系』が(おそらく)「哲学体系の一企画」という名称で編まれようとしていたと推測される。
https://x.com/uakira2/status/948916142092861440

このように見ていくことで、西田幾多郎資料No.02「述語的論理主義」の性質が、少し解るように思われる。前述の入稿原稿(No.01、03~08)に必ず見られた組方指示の朱書きが全く見られないが、西田の書き方は初出誌入稿原稿の形態と同様になっている。

https://x.com/uakira2/status/948917606743916544

この資料No.02「述語的論理主義」は、初出誌『哲学研究』のために書かれた(入稿)原稿の、カーボンコピーのようなものなのではあるまいか(「原稿」として仕上げる前の「草稿」にしては、あまりにも整いすぎている)。
https://x.com/uakira2/status/948918121011662848

途中、初出誌『哲学研究』を、『哲学論考』と立て続けに書き誤っていた。また、「西田幾多郎史料」とすべきところを多々「西田幾多郎資料」としてしまっていた。読み替えられたい。
https://x.com/uakira2/status/948923139244740608



以上は「入稿原稿の「組方指定」または「組版指定」の歴史を眺める」(2018-01-06)からリンクしていたモーメントを元ツイート履歴から再構成したものです。

文藝春秋の入稿原稿(石原慎太郎「太陽の季節」・遠藤周作「一盃綺言」)の組方指定に記される、凸版印刷「新8ポ」明朝活字指定について(2018年1月作成の故twitterモーメント)

twitterがXになり、「モーメント(Moments)」機能でまとめたメモの閲覧もできなくなってしまったのが自分にとって想像以上に不便である――twilogのキーワード検索では「流れ」や「塊」がうまく拾い出せなかったりする――ので、標記モーメント(https://twitter.com/i/moments/948877660020617217)を2018年1月の吹囀ツイート履歴から再構成してみました:


2016年頭のまんだらけオークションに「遠藤周作 直筆原稿」が出ていた(そして10万円で落札されていた)https://ekizo.mandarake.co.jp/auction/item/itemInfoJa.html;jsessionid=F280C77F5AAB7F4408A17AA07CDDF318?index=326548 ことに気がついた。商品説明には記されていないが、商品画像によるとこれは1963年の文藝春秋7月号に掲載された http://tvdrama-db.com/drama_info/p/id-3012「一盃綺言」の原稿であるようだ。
https://x.com/uakira2/status/948866455545700354

「入稿原稿」なので「組方指示」が書かれていて、そのうち、原稿用紙右余白に「本文新8P31字25行2段」と書かれているのが気にかかる。これは「別冊文藝春秋編集部」名で「本文新8P31字25行二段組」という組方指示が書かれた、日本近代文学館所蔵の石原慎太郎太陽の季節」と同じ意味内容で、
https://x.com/uakira2/status/948867402938200064

1955年凸版印刷和文活字見本帖』に掲げられる、「8ポ」(小振りな字面の母型を8ptボディーに鋳込んだ旧8ポ)に対する「新8ポ」(8ptボディーを前提にした大き目な字面の母型で鋳込んだ活字)を使用するよう指示したものであろう。

1955年凸版印刷和文活字見本帖』(印刷博物館蔵)より

https://x.com/uakira2/status/948873365502050305


また、少なくとも印刷博物館の所蔵資料としては、先ほどの1955刊『和文活字見本帖』から推定1971~73年刊 https://x.com/uakira2/status/459255586954043392 の『組版ハンドブック』までの間、凸版印刷による活字見本(兼組見本)は知られていないと思うのだけれど、
https://x.com/uakira2/status/948875365023285248

例えば講談社が(刊行年不明)短冊形の活字・組見本を自社名義で作成して(おそらく社内編集者に)持たせていたように、文芸春秋社なども同様の見本帳を作っていたりしただろうか。

講談社『活字のしおり』全体像
講談社『活字のしおり』8ポイント明朝の組見本

https://x.com/uakira2/status/948876750481600512

こうした疑問点からも、金属活字時代の出版・編集者が残した「本づくり」に関係する資料というものが現存するなら、しかるべくアーカイブされて欲しいと思う。
https://x.com/uakira2/status/948877314162503680



以上は「入稿原稿の「組方指定」または「組版指定」の歴史を眺める」(2018-01-06)からリンクしていたモーメントを元ツイート履歴から再構成したものです。

東京芸術大学の旧総合芸術アーカイブセンターウェブサイトで公開されている山田耕筰『若き日の狂詩曲』入稿原稿について(2018年1月作成の故twitterモーメント)

twitterがXになり、「モーメント(Moments)」機能でまとめたメモの閲覧もできなくなってしまったのが自分にとって想像以上に不便である――twilogのキーワード検索では「流れ」や「塊」がうまく拾い出せなかったりする――ので、標記モーメント(https://twitter.com/i/moments/948857402404651015)を2018年1月の吹囀ツイート履歴から再構成してみました:


東京芸術大学の旧総合芸術アーカイブセンターウェブサイトで、2017年2月に「山田耕筰著『若き日の狂詩曲』の直筆原稿」〈(大日本雄辯会講談社、昭和26(1951)年初版)の最終原稿〉全509枚!が公開されていた http://archive.geidai.ac.jp/8157 ということに今ごろ気づいた。
https://x.com/uakira2/status/948851782423203840

この「初版の最終原稿は、当時の編集者・窪田稻雄氏の手元にそのまま保管され、平成21(2009)年12月、同氏より東京藝術大学に寄贈され」たのだという。509枚に及ぶ原稿画像 http://archive.geidai.ac.jp/8917 を見ると、(窪田氏による)組方指示の朱筆が大量に見られるのだけれども、
https://x.com/uakira2/status/948852468137394176

1枚目冒頭 http://archive.geidai.ac.jp/media/img/yamada/001.jpg を見ても本文の活字サイズや字詰め・行数、版面の位置をどうするか、ノンブルをどうするか――といった、本の全体に関わる内容が記されておらず、昭和26年の講談社の単行本企画では別紙「組方要項」あるいは「指定指示書」として印刷所に知らされたのだと判断できる。

https://x.com/uakira2/status/948854129723518976

山田耕筰『若き日の狂詩曲』初版「入稿原稿」が「平成21(2009)年12月、同氏より東京藝術大学に寄贈され」http://archive.geidai.ac.jp/8157 るまでの間、単行本全体の体裁に関わる「組方要項」あるいは「指定指示書」は、「当時の編集者・窪田稻雄氏の手元にそのまま保管され」ていたりしなかっただろうか。
https://x.com/uakira2/status/948855301234573312

もし残されていたなら、「組方要項」あるいは「指定指示書」もセットでアーカイブされたなら、特に東京芸術大学アーカイブセンターであるだけに、ブックデザイン(書容設計、図書設計)の観点から、なお一層貴重・重要な資料になったのに……と、惜しまれる。
https://x.com/uakira2/status/948856080548864000

実は、「編集者が残した資料」に注目していけば「組方要項」あるいは「指定指示書」が残されているケースに行き当たるのではないかと期待し始めていたところなのだけれど、実際のことろ、「原稿」は印刷所から編集部に返却されるとしても「要項/指示書」は返却不要扱いのものだったのだろうか。
https://x.com/uakira2/status/948856708159365120



以上は「入稿原稿の「組方指定」または「組版指定」の歴史を眺める」(2018-01-06)からリンクしていたモーメントを元ツイート履歴から再構成したものです。