ある有名Serifenlose書体をテーマにした本(4844358308)や、同じ出版社から最近出された文字遣い入門書(484435907X)など、21世紀になって何年も経つのに、相も変はらず「日本でSerifenlose書体のことをゴシックと呼ぶのはAlternate Gothicを略してゴシックと呼ぶようになったから」といふ説明をするデザイン書があるってことに驚きを隠せねぇ己だ。
明治初年に米国産Gothic活字(単に「Gothic」といふ名で呼ばれてゐた活字)が日本の印刷所に購入されてゐるのだし、和文「ゴシック体」活字がGothicを名乗った最初の印刷物は明治二十七年(一八九四年)の野村宗十郎『座右之友』(東京築地活版製造所)の「五号ゴチック形」(http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/755589/47)と目されてゐる。American Type FounderのMorris Fuller Bentonが合州国の様々なTypefounderが保有してゐた「Gothic」活字を二十世紀のATFに相応しい活字書体へと整理してまず「Franklin Gothic」(フランクリン・ゴシック)を発表するのが一九〇二年(明治三十五年)。次いで一九〇三年(明治三十六年)に発表されたのが「Alternate Gothic」(オルタネート・ゴシック)で、更に一九〇八年(明治四十一年)に細身の「News Gothic」(ニュース・ゴシック)が発表される。
日本人は明治初年に米国産Gothic活字と出会ってゐて、本邦初の和文「ゴシック体」活字は明治十九年六月から官報に使はれる印刷局の小見出し用活字(http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2944088/5)であるらしく、明治二十年代中期に築地活版と製文堂が各サイズのゴシック体開発を手掛けてゐるから、「Alternate Gothic」が本邦ゴシック書体(の呼び名)の祖なんてことは、あるわけが無い。
活字や活版印刷術について多くの記述を載せかつ前の版とは印刷物として全く別物に生まれ変はった『Webster's Unabridged Dictionary』(Merriam、一八六四年、元治元年)が「Type」の項に活字の書体分類を載せてSerifenlose書体一般の呼び名として「Gothic」を採り、同辞書は明治二十一年(一八八八年)に島田豊纂訳『附音挿圖和訳英字彙』および棚橋一郎・F.W.イーストレーキ共訳『ウェブスター氏新刊大辞書和訳字彙』として邦訳されてゐる。近代デジタルライブラリーでイーストレーキ訳の「Type」の項(http://kindai.ndl.go.jp/BIImgFrame.php?JP_NUM=40083247&VOL_NUM=00000&KOMA=603&ITYPE=0 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/869978/603)を眺めてみて欲しい。己は岐阜大学図書館で原書も拝読することができたのだが、William Gamble以降、多くの米国人や米国産製品・技術が日本の黎明期タイポグラフィに及ぼしたインパクトは、非常に大きく深かったと己達は改めて認識すべきだらう。
ついでに書いておくと、Mac McGrew『American Metal Typefaces of the Twentieth Century』(isbn:0938768395)や組版工学研究会『欧文書体百花事典』(isbn:4947613556)の関連記事から判断する限り、M.F.BentonはBlackletter=GothicのAlternateとして「Alternate Gothic」を作った訳でもない筈だ。
2013年10月7日追記:
大曲都市さんの「ゴシックという名称の由来」(http://tosche.net/2013/08/origin-of-gothic_j.html)で端的に示されている通り、上記「Alternate Gothic」は、幅が違う三種類の書体を選んで使えるよ、という設計であることが「Alternate」たる所以。