野球の活字(⚾ baseball type)についてお尋ねの件、返信お待たせしてすみません。
いつ、どのtypefounderが日本のbaseball typeの創始者であるかについて、残念ながら私は全く存じません。
お調べになった範囲で最古の用例とお教えいただいた『野球界』(43巻3号、1953年2月、博友社)の前後で、参考になりそうな情報を幾つか。メールに短かく記すのが難しいことと、更なる情報提供を求めたいことから、ブログ記事として公開させていただきます。
Until 1940's
日本では、1945年以前に作られた活字のほとんど全てが、原寸で彫刻された「種字」からelectrotypingによって作成したmatrix(電胎母型)を用いて鋳造されていました。
往時の日本で最大手のtypefounderだった東京築地活版製造所や秀英舎(後の大日本印刷)が発行していた本文サイズ活字の総数見本(Type specimen book : list of all character)を参照してみましたが、baseball typeは作られていなかったようです。
- 秀英舎銀座営業所『九ポイント明朝活字見本帳』(1933年、大日本印刷株式会社/市谷の杜 本と活字館蔵):「符号」として掲げられている57種の全角記号類に野球活字(⚾ baseball type)は含まれていない(http://codh.rois.ac.jp/software/iiif-curation-viewer/demo/?manifest=https://archives.ichigaya-letterpress.jp/api/presentation/2/baecdd2ab438/manifest.json&pos=14&lang=ja)。
- 東京築地活版製造所『改正五号総数見本 全』(1936年、筆者蔵):「約物」として掲げられている27種の全角記号類に野球活字(⚾ baseball type)は含まれていない(https://f.hatena.ne.jp/uakira/20140202183858)。
- 東京築地活版製造所『細型九ポイント』(1936年、桑山書体デザイン室KD文庫蔵):「約物」として掲げられている30種の全角記号類に野球活字(⚾ baseball type)は含まれていない。
同じく大手typefounderだった森川龍文堂の活字総合見本帳(Type specimen book : sample of typeface (some with order sheets))にも見当たりませんでした。
After 1950's
1950年頃から、様々なtypefounderが、Bentonなどを用いて作成したmachine engraving matrix(機械彫刻母型)によって活字を鋳造するようになっていきます。
この時期の主要なtypefounderに、岩田母型製造所、モトヤ、日本活字工業があります。また雑誌や書籍などの印刷を数多く手がけていた大日本印刷や凸版印刷などのprinting houseも、自社で用いる活字を独自に開発しつつありました。
各社の活字総合見本帳(Type specimen book : sample of typeface (some with order sheets))を確認してみたところ、次のような状況でした。
- 岩田母型製造所『活字母型書体標本』(1955年、横浜市歴史博物館小宮山博史文庫蔵*1):「記号約物の一例」として1488種の全角記号類(囲み数字など含む)が掲げられているが(91-96頁)、その中に野球活字(⚾ baseball type)は含まれていない。
- モトヤ商店『書体』(推定1957年、筆者蔵):「記号 約物 脚注」リストに1229種の全角記号類(囲み数字など含む)が掲げられていて、その中の15番として野球活字(⚾ baseball type)が掲載されている(103頁、下図参照)。
- 日本活字工業『NTF活字書体』(1963年、筆者蔵):「各種記号・約物」リストに740種の全角記号類(囲み数字など除く)が掲げられていて、その中の255番として野球活字(⚾ baseball type)が掲載されている(118頁、下図参照)。
Phototypesetting
調査対象を1950年代の出来事に限定してよいのであれば、雑誌等の本文活字について、Phototypesetting(写真植字)は使われていないものと考えて良いと思います。
FYI:
- 岩田母型製造所は現在もデジタルフォントの製造販売を行う株式会社イワタとして存続しています(https://www.iwatafont.co.jp/)。
- モトヤ商店は現在もデジタルフォントの製造販売を行う株式会社モトヤとして存続し(https://www.motoyafont.jp/)、大阪本社に「活字資料館」が併設されています(https://www.motoyafont.jp/about/motoya-typo-museum.html)。
- 日本活字工業は2004年に会社更生法を申請し、2014年頃に廃業してしまったようです(https://uakira.hateblo.jp/entry/2022/12/31/180107)。
- 大日本印刷は2020年に「市谷の杜 本と活字館」という博物館をオープンしました(https://ichigaya-letterpress.jp/)。
- 凸版印刷は2000年に「印刷博物館」(Printing Museum, Tokyo)をオープンしました(https://www.printing-museum.org/etc/history/)。Libraryの資料を活用したreference事例が「レファレンス協同データベース」に蓄積されており(https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=pro_view&id=4310008)、本件についても問い合わせをされると有益な情報をお教えくださるかもしれません。
*1:小宮山文庫目録(https://www.rekihaku.city.yokohama.jp/index.php?cID=5256)では資料「A-イ1-4」の標題が「活字母型書体標目」となっているが「書体標本」が正しい:株式会社イワタ「100周年記念ページ」(https://iwatafont.co.jp/100th/index.html)