日本語練習虫

旧はてなダイアリー「日本語練習中」〈http://d.hatena.ne.jp/uakira/〉のデータを引き継ぎ、書き足しています。

規格票と『JIS漢字字典』のケヶ

芝野耕司編『JIS漢字字典』(asin:4542201279)の本文を開くと、最初の見開きに、かうした文字群が掲げられてゐる。

「〆」「々」「ヶ」などが態々冒頭に掲げてあるのは、『JIS漢字字典』が第一に想定する読者像である『パーソナルコンピュータ、ワードプロセッサなどで、日本語文書を作成したり、「JIS漢字」の詳しい情報を得ようとする方々』に向けた、次のやうな意図による模様だ。

「JIS漢字」の過去の版では、部首・画数、音訓などの同定補助情報が十分に与えられていなかったことから、「JIS漢字」に含まれる文字であるのに、わざわざ外字を作ってしまうケースがあった。これは必ずしも一般利用者だけの問題ではなく、印刷関係者、計算機メーカを含めて、専門家でも「JS漢字」が探せずに外字としたり、「JIS漢字」の文字を間違えて字形を設計したりすることが少なくなかった。(一例を挙げれば、JIS X 0212-1990「補助漢字」は、JIS X 0208にある「〆」を、再度登録している。)

青空文庫で懸案になってゐる「ケヶ」なんだども、おそらく己が知らないだけで、《JIS漢字(=0208)には片仮名「ケ」によく似た姿で「こ」「か」「が」と読む文字が無い》といふ「誤解」が広く存在したのだらう。規格本体ではなく規格票「解説」の末尾近くに、かういふ記述がある。

本体6.5.2及び附属書4で“仮名又は漢字に準じるもの”とされている区点位置に,音訓を設定して検索できるようにしたものがある。次の5区点位置である。
01-24 (仝) おなじ,ドウ,くりかえし
01-25 (々) おなじ,くりかえし,のま
01-26 (〆) しめ
01-27 (〇) ぜろ,レイ
05-86 (ヶ) カ
これらは,他の漢字と全く異なる所に配置されていて検索しにくいため,この規格で表現できないと誤って判断される例が少なくない(例えば,JIS X 0212-1990“補助漢字”は,“〆”を16-17に改めて掲載している。)このため,検索を容易にするために,あえて音訓を設定することとした。

青空文庫の「読み」派が「JIS X 0208:1997には《片仮名「ケ」によく似た姿で「こ」「か」「が」と読む文字》が存在しそれは5区86点でしか符号化してはならない」と考える根拠が、以上のものであるやうだ。
さて、我々「見たまま」派は、いくら芝野耕司センセイがJIS X 0208の1997改正原案作成委員会の委員長であったといっても、JIS X 0208:1997規格票本体に書かれてゐる文言のみを“見たまま”に受け止める。
本体6.5.2及び附属書4で“仮名又は漢字に準じるもの”とされてゐるのは、次の10区点位置。

附属書4表4 仮名又は漢字に準じるもの
区点文字縦書きGLGRSJIS日本語通用名称名前
1-192133a1b38152片仮名繰返し記号KATAKANA ITERATION MARK
1-202134a1b48153片仮名繰返し記号(濁点)KATAKANA VOICED ITERATION MARK
1-212135a1b58154平仮名繰返し記号HIRAGANA ITERATION MARK
1-222136a1b68155平仮名繰返し記号(濁点)HIRAGANA VOICED ITERATION MARK
1-232137a1b78156同じく記号DITTO MARK
1-242138a1b88157同上記号CJK UNIFIED IDEOGRAPH-4EDD
1-252139a1b98158繰返し記号IDEOGRAPHIC ITERATION MARK
1-26213aa1ba8159しめIDEOGRAPHIC CLOSING MARK
1-27213ba1bb815a漢数字ゼロIDEOGRAPHIC NUMBER ZERO
1-28213ca1bc815b長音記号KATAKANA-HIRAGANA PROLONGED SOUND MARK
5区86点は、本体6.5.2では、「片仮名」の規定に付随する「参考」として「小書きの“ヶ”は,本来は漢字であるが,ここでは片仮名の小文字として扱う。」*1と書かれ、附属書4において次のやうに規定されてゐる。
附属書4表12 片仮名(引用者抜粋)
区点文字縦書きGLGRSJIS名前
5-77256da5ed838dKATAKANA LETTER RO
5-78256ea5ee838eKATAKANA LETTER SMALL WA
5-79256fa5ef838fKATAKANA LETTER WA
5-802570a5f08390KATAKANA LETTER WI
5-812571a5f18391KATAKANA LETTER WE
5-822572a5f28392KATAKANA LETTER WO
5-832573a5f38393KATAKANA LETTER N
5-842574a5f48394KATAKANA LETTER VU
5-852575a5f68395KATAKANA LETTER SMALL KA
5-862576a5f78396KATAKANA LETTER SMALL KE

また、規格票本体5「表記法,符号表及び名前」の末尾に書かれた、「この規格は,図形文字の意味及び用途を定義しないし,制限もしない。」といふ規定は極めて重要である。通常は「つ」としか読みようがない「ツ」や「ッ」の字を用いて「やんばだむ」といふ地名を「八ツ場ダム」や「八ッ場ダム」と記すことを、JIS X 0208:1997の規格は、制限しない。自由に記せばよい。KATAKANA LETTER TUで書けともKATAKANA LETTER SMALL TUで書けとも言はないし、そのどちらで書くなといふことも言はない。

同様に、「かねがさき」といふ地名をKATAKANA LETTER KEを用ゐて「金ケ崎」などと表記してはならずKATAKANA LETTER SMALL KEを用ゐて「金ヶ崎」とせよ等と、JIS X 0208:1997の規格そのものが言ってる筈がない。

芝野センセイが講演会で、文字の同定には読んで判断することが必要だと仰ったやうなんだども、それは「ケヶ」については自分の頭で考えて決めろと仰ったのであって、『JIS X 0208:1997の規定では「こ」「か」「が」と読む時は「KATAKANA LETTER SMALL KE」にしなきゃイカン』などとは仰ってゐないやうに思んだども、空気を読む能力を全く持ち合はせてゐない己なので、この理解が講演者の意図を十分に酌み取ってゐるかどうか、甚だ自信がない。

ちなみに、芝野耕司編『増補改訂JIS漢字字典』(asin:4542201295)では、「ヶ」の特別扱ひは無くなり、非漢字のコーナー、片仮名の項目(846頁)に収められてゐる。

青空文庫の管理運営上、何らかの校定指針が必要だといふのは判る。んだども、現行“ケヶ指針”について、ヶを選ぶ理由をJISの規定のせいにするのは止した方がいいと思ふ己。

片仮名ケの姿をしてゐて大小の判別が可能なら大小に応じてケかヶで符号化することとし、大きめのケか小さめのヶか判断に迷ふ文字が「こ」「か」「が」と読まれる文脈に出現してゐたら5区86点(ヶ)で符号化しておくことにしよーぜ、といふ緩い“ケヶ指針”なら支持する。

*1:この「参考」文について、「読み」派は「本来は漢字」といふ文言を重要視してゐるものと推測される。が、我々「見たまま」派は「が,ここでは片仮名の小文字として扱う」の部分を含めて参考分全体を読んだ通りに受け止める。