日本語練習虫

旧はてなダイアリー「日本語練習中」〈http://d.hatena.ne.jp/uakira/〉のデータを引き継ぎ、書き足しています。

露伴は小書き仮名を多用したか

明治二五年『尾花集』所収「五重塔」の書き出しを近代デジタルライブラリーで眺めると
http://kindai.ndl.go.jp/BIImgFrame.php?JP_NUM=41008439&VOL_NUM=00000&KOMA=4&ITYPE=0
ただの五号カタカナ「ト」を用ゐて四行目の「一トしほ床しく」や最終行の「髪の毛の一ト綜二綜」が組まれてゐる。
講談社『日本現代文學全集 6 幸田露伴集』の校訂者はこれらの「ト」を《小書き片仮名》《捨て仮名》《訓点送り仮名》の類であると解釈し「小さいト」として印刷したらしく、それを底本とする青空文庫版が訓点送り仮名の注記をしてゐる。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000051/card43289.html
原稿を見る立場にないので、露伴が「小さいト」を指示したか「大きいト」を指示したか、己には判らねぇんだども、最初のテキストと講談社版が違ふことは判る。
青空文庫のテキストによると、「蒲生氏郷」や「平将門」にも、「五重塔」と同様の表現が多数見られるらしい。
ちなみに青空版「蒲生氏郷」の底本は小学館の『昭和文学全集 第4巻』。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000051/card2709.html
青空版「平将門」の底本は筑摩書房『筑摩現代文学大系3 幸田露伴 樋口一葉集』。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000051/card3199.html
各々、訓点送り仮名の注記が付されてゐる。
大正一四年に改造社から出された『蒲生氏郷平将門』は国会図書館所蔵品でマイクロフィッシュ化されてゐるが近代デジタルライブラリー未収録である。次回の大正期追加資料に含まれることと、それが近い将来に公開されることを切に願ふ。
明治二二年に吉岡書籍店『新著百種 第五巻』として出された「風流仏」の本文始めの方にある「及ばぬ力の及ぶ丈ケを尽して」云々といふ箇所他この作品に散見される「丈ケ」の類について、筑摩書房現代日本文学大系4 幸田露伴集』の校訂者はこれらの「ケ」を《小書き片仮名》《捨て仮名》《訓点送り仮名》の類であると解釈し「ヶ」として印刷したらしく、それを根拠に「露伴が“小さなヶ”を“カタカナのケ”として使ってゐた用例だ」とする説を先日某所で見聞した。
残念ながら『新著百種 第五巻』が国会図書館に所蔵されてゐないためデジタル化されてゐないのだが、宮城県立図書館の所蔵品を見た限りではこれもただの五号カタカナ「ケ」で組まれてゐる。
岩波書店新日本古典文学大系 明治編 22 幸田露伴集』の校訂者はこれらの「ケ」を《カタカナのケ》と解釈したらしく、「ケ」で印刷してをり、ほるぷ出版『日本の文学3 五重塔・運命』の校訂者もこれらの「ケ」を《カタカナのケ》と解釈したらしく、ほるぷ版を底本とする青空文庫版も「ケ」で入力されてゐる。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000051/card2710.html
原稿を見る立場にないので、露伴が「小さいケ」を指示したか「大きいケ」を指示したか、己には判らねぇんだども、最初のテキストと筑摩書房版が違ふことは判る。
この時分、「小さいカタカナ」を刷る意思が示されれば「小さいカタカナ」の表現は可能だった。例へば本文五号二分空きの原則で組まれた「風流仏」の「第三 如是性 上 母は嵐に香の迸る梅」始めから三分の一あたり、「わー引ワッとお辰のなき立つ事の」云々といふ箇所は、五号「ワ」と「と」の字間に七号「ツ」が詰ッ込まれた状態である。「風流仏」に出現する他の促音ツは五号「ツ」になってをり、岩波版は「わー引ワッとお辰のなき立つ事の」のみ「ッ」、他を「ツ」としてゐる。
近代デジタルライブラリーに入ってゐる吉岡書籍店『新著百種』の他作品を眺めると、促音の「ッ」について同様の処理を行なふものが散見され、露伴に特有のものではないことも判る。
現在のところ己は、間違ひなく露伴が使ったと言って良いだらう「小さいカタカナ」の用例として、促音の「ッ」以外のものを発見できてゐない。
国文学に造詣の深い方々より、露伴の小書き片仮名について、ご教示賜れれば幸甚至極。