日本語練習虫

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集合著作物『開国五十年史』のNDL書誌と典拠データ

国会図書館デジタルコレクション(以下「国デコ」)で大隈重信編『開国五十年史』の公開ステータスが「国会図書館/図書館送信限定」になっているのを不審に思い、1907-08年版と1909年漢訳版のNDL書誌データとNDL典拠データをつきあわせてみた。
編者大隈重信の編集著作権は保護期間満了である。1901年に初版が出た『開国五十年史』は、当然その時点で各分野でそれなりに名を成した人物であるような古い人物が個々の記事を書いているわけだが、誰の保護期間が満了していないのだろう。

1907-08年版タイトル [目次]+[目次]人名 1909年漢訳版タイトル [並列タイトル]人名 NDL典拠の生没年
開国五十年史論 伯爵
大隈重信
開国五十年史序論 大隈重信 1838-1922
徳川慶喜回顧録 伯爵
大隈重信
徳川慶喜回顧録 大隈重信 1838-1922
帝国憲法制定の由来 公爵
伊藤博文
帝国憲法制定之由来 伊藤博文 1841-1909
開国事歴 島田三郎 開国事歴 島田三郎 1852-1923
明治の外交 伯爵
副島種臣
明治之外交 副島種臣 1828-1905
帝国財政 侯爵
松方正義
帝国財政 松方正義 1835-1924
陸軍史 公爵
山県有朋
陸軍史 山県有朋 1838-1922
海軍史 伯爵
山本権兵衛
海軍史 山本権兵衛 1852-1933
政党史 伯爵
板垣退助
1837-1919
伯爵
大隈重信
1838-1922
浮田和民稿 政党史 浮田和民 1859-1946
法制史略 法学博士
富井政章
法制史略 富井政章 1858-1935
法制一斑 法学博士
鳩山和夫
法制一班 鳩山和夫 1856-1911
ドクトルユーリス
坂本三郎
阪本三郎 1867-1931
自治制度 法学博士
清水澄
自治制度 清水澄 1868-1947
警察制度 男爵
大浦兼武
警察制度 大浦兼武 1850-1918
監獄誌 法学博士
小河滋次郎
監獄誌 小河滋次郎 1863-1925
留岡幸助 留岡幸助 1864-1934
交通及通信(明治以前) 男爵
前島密
交通及通信 前島密 1835-1919
逓信事業 男爵
田健次郎
逓信事業 田健次郎 (1)典拠登録なし
鉄道誌 子爵
井上勝
鉄道誌 井上勝 1843-1910
海運業 近藤廉平 海運業 近藤廉平 1848-1921
本邦教育史要(明治以前) 伯爵
大隈重信
本邦教育史略 大隈重信 1838-1922
明治教育史要 侯爵
西園寺公望
明治教育史要 西園寺公望 1849-1940
教育瑣談 子爵
田中不二麻呂
(2)典拠登録なし
(田中不二麿[1845-1909]に別名登録必要)
高等教育 法学博士文学博士男爵
加藤弘之
1836-1916
民間教育 浮田和民 民間教育事業 浮田和民 1859-1946
商業教育 法学博士
天野為之
商業教育 天野為之 1859-1938
ドクトル、オブ、フヰロソフヰー
塩沢昌貞
塩沢昌貞 1870-1945
女子教育 成瀬仁蔵 女子教育 成瀬仁蔵 1858-1919
欧洲学術伝来史 大槻如電 1845-1931
数物学 理学博士
桜井錠二
数物学 桜井錠二 1858-1939
博物学 理学博士
箕作佳吉
博物学 箕作佳吉 1858-1909
医術の発達 医学博士
青山胤通
医術之発達 青山胤通 1859-1917
ドクトル
富士川
富士川 1865-1940
医学及び衛生 医学博士
三宅秀
1848-1938
神道と君道 久米邦武 神道 久米邦武 1839-1931
儒教 文学博士
井上哲次郎
儒教 井上哲次郎 1855-1944
仏教 文学博士
高楠順次郎
仏教 高楠順次郎 1866-1945
基督教 本多庸一 基督教 本多庸一 1848-1912
山路弥吉 山路愛山 1864-1917
哲学的思想 文学博士
三宅雄二郎
哲学的思想 三宅雄二郎 1860-1945
泰西思想の影響 法学博士農学博士
新渡戸稲造
泰西思想之影響 新渡辺稲造 1862-1933
(1909の書誌は誤転記疑い)
新日本智識上の革新 横井時雄 1857-1926
明治文学 文学博士
芳賀矢一
明治之文学 芳賀矢一 1867-1927
美術小史 正木直彦 美術小史 正木直彦 1862-1940
音楽小史 東儀季治 音楽小史 東儀季治 1869-1925
国劇小史 文学博士
坪内雄蔵
国劇小史 坪内雄蔵 1859-1935
政論界に於ける新聞紙 福地源一郎 1841-1906
新聞紙雑誌及び出版事業 鳥谷部銑太郎 新聞紙雑誌及印行事業 鳥谷部銑太郎 1865-1908
農政及び林政 農学博士
酒勾常明
農政及林政 酒匂常明 (3)生没年不明
(1908の書誌は誤転記疑い)
水産業 村田保 水産業 村田保 1842-1925
鉱業誌 古河潤吉 鉱業誌 古河潤吉 (4)典拠登録なし
工業誌 工学博士
手島精一
1849-1918
真野文二校 1861-1946
鈴木純一郎稿 工業誌 鈴木純一郎 (5)生没年不明
織物誌 川島甚兵衛 織布誌 川島甚兵衛 1819-1879
染織業 高橋義雄 1863-1937
銀行誌 男爵
渋沢栄一
銀行誌 渋沢栄一 1840-1931
会社誌 男爵
渋沢栄一
銀行誌 渋沢栄一 1840-1931
外国貿易 益田孝 外国貿易 益田孝 1847-1938
北海道誌 農学博士
佐藤昌介
1856-1939
台湾誌 男爵
後藤新平
1857-1929
慈善事業 三好退蔵 慈善事業 三好退蔵 (6)典拠登録なし
赤十字事業 男爵
石黒忠悳
赤十字事業 石黒忠悳 1845-1941
都府の発達 尾崎行雄 都府之発達 尾崎行雄 1858-1954
風俗の変遷 文学博士
藤岡作太郎
風俗之変遷 藤岡作太郎 1870-1910
社会主義小史 安部磯雄 社会主義 安部磯雄 1865-1949
日本人の体格 ドクトル
エルウ◇ンベルツ
日本人之体格 衣爾文・倍爾梓 1849-1913
(当て漢字での別名登録なし)
国語略史 藤岡勝二 国語略史 藤岡勝二 1872-1935
開国五十年史結論 伯爵
大隈重信
開国五十年史結論 大隈重信 1838-1922
開国五十年史補遺 大隈重信 1838-1922

当初1909年版だけを見ていて「衣爾文・倍爾梓」って誰だ?!と思っていたが(NDL典拠データで検索不能)、1909年版の目次情報に「徳国 医学博士 衣尓文・倍尓梓」とあるのを見て合点がいった。往時、ドイツ出身の医学博士でそれらしい読みを持つ人物は、お雇い外国人として日本にいたErwin Bälzをおいて他にあるまい。1908年版が「エルウ◇ンベルツ」となっているのは、おそらく小書きの「ヰ」が用いられていたからだろう。NDL典拠データの「Bälz, Erwin, 1849-1913」には別名として「ベルツ; ベルツ, エルイン; Baelz, Erwin von; ベルツ, エルヴィン」しか登録されていないが、この「衣爾文・倍爾梓」「衣尓文・倍尓梓」と、『日本鉱泉論』に見られる「別爾都」の表記も加えておいた方がいいように思う。

1909年の漢訳版には漢訳者の著作権保護という観点が生じるような気がするので、アンソロジーという単純な集合著作物であると見てよい『開国五十年史』1907-08年版に関して、現時点のNDL典拠データでは没年が不明になっている6件について調べ直してみよう。

(1)「逓信事業」を記した田健次郎。NDL典拠データには25名ほど「*田健次郎」の登録があるが、肝心の、逓信大臣経験者である田健次郎男爵が登録されていない。ウィキペディアに記載がある通り、1930年没のようだ。

(2)「教育瑣談」を記した田中不二麻呂子爵。NDL典拠には「田中不二麿」でしか登録されていないので、「別名」として「田中不二麻呂」の追加が必要ではないかと思う。

(3)「農政及び林政」を記した、農学博士の酒勾常明こと「酒匂常明」は、生没年不明で登録されており、ウィキペディアでも立項されていないが、コトバンクデジタル版 日本人名大辞典+Plusで1909年没と判る。

(4)「鉱業誌」を記した古河潤吉。NDL典拠データに登録されておらず、ウィキペディアでも立項されていないが、コトバンクデジタル版 日本人名大辞典+Plusで1905年没と判る。

(5)「工業誌」を記した鈴木純一郎。実はこの人物だけ、生没年が判らない。『高野房太郎とその時代』の二村一夫氏が細かく追跡されているが、未詳のままになっているようだ。

(6)「慈善事業」を記した三好退蔵。NDL典拠データに登録されていないが、ウィキペディアによると1908年没だ。

個人的な意見として、国デコには、アンソロジーのような集合著作物に関して記事単位で著作権コントロールを行い、編集著作物としての保護期間が満了したアンソロジーの、保護期間が満了した記事部分は「インターネット公開」となり、保護期間内部分は「館内限定」もしくは「国会図書館/図書館送信限定」となるような扱いをして欲しい。

この『開国五十年史』のように、丁寧に調べ直せば生没年未詳の人物が残り一名になっているようなアンソロジーのうち、その「残り一名」が他の著作者と同年代に生き、同年代に死んだと推定されるようなケースが他にもあるようなら、積極的に「文化庁裁定」候補に挙げていっていいのではないだろうか。



以下7月1日追記
残念ながら鈴木純一郎の没年は未詳だが、生年を記した資料を突き止めることができた。
本名で書かれた『内地雑居心得』や変名で書かれた『日清韓対戦実記』は既に「裁定」でのインターネット公開になっているのだから、もしも『開国五十年史』の非公開理由がこの鈴木純一郎のみになっていると考えて間違いないのであれば、次回手続き時の裁定候補として良いように思う。