日本語練習虫

旧はてなダイアリー「日本語練習中」〈http://d.hatena.ne.jp/uakira/〉のデータを引き継ぎ、書き足しています。

国会図書館所蔵『教会撮要』の和様二号標本としての評価

残念ながら我々はまだ「和様」二号仮名を網羅した見本帳を発見できずにいる。現時点では、己が四年前に出会った近代デジタルライブラリー資料の千家尊福『教会撮要』(明治十年版)が、「和様」二号を最も多く見られる資料ということになるだろう。
さて、その『教会撮要』なんだども、よく見ると不思議な漢字活字が混ざっている。
第五条 (http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/815242/6) にある「初」の字や「彼」の字など、基本的な字体がなぜか他の多くの漢字とは調和しないような出来映えになっているのだ。
この「初」も「彼」も繰り返し出現する「彼」は第九丁や第十丁の同一頁に複数回出現する活字字形が同一であることから、間に合わせの彫刻活字ではなく鋳造活字であろうとは見なすことができる*1
実はこの「彼」の字、文化庁文化部国語課『明朝体活字字形一覧』(asin:4174145008)に掲げられた築地二号(明治二十五年の見本帳)には存在しないものの、先行する美華書館『鉛字拚法集全』という1873年の見本帳に存在する字形であることが、『明朝体活字字形一覧』によって判る。つけ加えると、昨年末仙台市民図書館を経由して借覧させていただくことができた長崎県立長崎図書館所蔵の「活版製造所」『貮號活字總數目録』(明治十五年の見本帳)に存在する「彼」字形もまた、この美華書館のものと同じものである。

それならば「初」の字も「活版製造所」『貮號活字總數目録』や美華書館『鉛字拚法集全』に見えるのかというと、そうは問屋が卸さない。『明朝体活字字形一覧』の「美華書館」の欄に見える「初」の字形は、「活版製造所」『貮號活字總數目録』と同一字形だが、『教会撮要』の「初」字形とは異なっている。

実はこの奇妙な活字字形のせいで、『教会撮要』に出現する「和様」仮名が全てレディーメイドのものであるのかどうか、ひょっとすると本テキストのために特製された字種があるのではないかと、確信が持てないでいた。
ところが先日、長崎大学附属図書館の近代化黎明期翻訳本全文画像データベース所蔵の『天道溯原』によって、疑問が氷解した。大日本スクリーンの「タイポグラフィの世界」小宮山先生の連載第一回「上海から明朝体活字がやってきた」によって美華書館が二種類の二号活字を持っていたことが解るんだども、『天道溯原』はそのうちの「分合活字」の方で刷られていて、データベースの4コマ目左下に出現する「初」の字形が、正にこの『教会撮要』に出現する「初」の字だったのである。
http://gallery.lb.nagasaki-u.ac.jp/dawnb/artwork/40/K03266.jpg
つまり、『教会撮要』の漢字活字は、すべて、明治十年の時点で「できあい」だった活字が使われていると見てよいだろう。
したがって、「和様」仮名の方も、《かなり高い確率で全て出来合いの活字だった》と言えるように思う。
……
そんなわけで、先日から『教会撮要』に出現する全ての仮名を切り出して整理してみているんだども、ようやく、ナカバヤシの5ミリ方眼A4ノートに、トンボ「消えいろPITほそみ」を使って、全て貼り終えることができた。
二本一組になっている詰め替え用のノリも使ってしまうくらいの字数だったんだども、総字数はまだ数えあげていない。
この『教会撮要』に出現する全ての仮名を切り出してみようと思い立ったのは、「し」の字に僅かな例外があるように思われたためである。
http://twitpic.com/64wtae
伸ばして下で止める「し」(145例)と、最後にしゅっと右に曲がる「し」(4例)の二種類があるのかどうか。このしゅっと曲がってるように見えるのは、止める「し」と同じ活字の印刷コンディション違いなのか。
繰り返すが、字種の多様さと字数の大量さにおいて、この『教会撮要』は「和様」二号の現存資料として、我々が出会った最重要級の資料である。
できることなら現物を拝見したいし、少なくとも高精細画像として再度デジタル化されるべきと思う。

*1:karpaさんのコメントを拝読して追記:違う丁(頁)に同一字形が出現するのは「活字」である以上当たり前のことで、一遍に刷る箇所に同じ字形が出現するかどうかが、彫刻活字か鋳造活字かを見分けるポイントになりますね。