日本語練習虫

旧はてなダイアリー「日本語練習中」〈http://d.hatena.ne.jp/uakira/〉のデータを引き継ぎ、書き足しています。

日本を除く英語圏と漢字文化圏でのサミュエル・ダイア事跡評価

Wikipedia英語版におけるSamuel Dyerの項目で、参考文献に挙げられてゐるものの一つに、クアラルンプールのマラヤ大学図書館ライブラリアン Ibrahim bin Ismail による「Samuel Dyer and His Contributions to Chinese Typography」(『The Library Quarterly』vol54、1984)がある。Ismailは、1982年の『Libri』vol.32にも「Missionary Printing in Malacca 1815-1843」といふ文を書いて、我々の当面の関心事である欧米人による近代漢字活字開発の歴史を概観してゐるらしい(Ismail 1982は未見)。
Ismail 1984が掲げる参考文献によると、《欧米人による「Chinese printing」の開発史》に関する先行研究には、次のようなものがある。

  • Carter, T. F. "The Invention of printing in China and Its Spread Westwards." Revised by L. Carrington Goodrich. New York: Ronald Press Co., 1955.
  • Reed, T. B. "A history of the Old English Letter Foundaries with Notes Historical and Bibliographical on the Rise and Progress of English Typography." A new edition revised and enlarged by A. F. Johnson. London: Faber & Faber, 1963.
  • Priolkar, A. K. "The Printing Press in India, Its Beginnings and Early Development." Bombay: Marathi Samshodhama Mandala, 1958.

上記の文書は、「Chinese printing by xylography and movable types in China, and the development of Chinese metallic types in China, London, Paris, and India, has been documented.」といふものであるとIsmail 1984は書いてゐるから、パリまで含むヨーロッパ人の漢字活字開発史は、英語圏ではずいぶん以前から常識化してゐたものらしい。
かうした流れの中で、下記K. T. Wu 1952が、マラッカ(在住時のSamuel Dyer)が果たした漢字活字開発への貢献にも言及した文書として、紹介される。

  • K. T. Wu "The Developement of Typography in China during the Nineteehth Century." Library Quarterly 22 (July 1952): 288-301.

以後、Ismail 1984は、最近の我々にお馴染みの支那叢報に言及しつつ、サミュエル・ダイアの業績を跡づけていく。
かういふ文書を眺めると、どうも徳永直の『光をかかぐる人々』続編は「日本人が記述した《欧米人による「Chinese printing」の開発史》」といふ文脈だけでなく、「漢字文化圏において記述された《欧米人による「Chinese printing」の開発史》」とりわけダイアの仕事の重要性に言及したものとしても最初期のものに属するんぢゃないかって気がしてくる己なんだども、実際のところ、英語圏の印刷史研究史、漢字文化圏の印刷史研究史ってのに充分に触れることが出来ないオノレの情けなさ。

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以下、karpaさんのブクマコメントへの返信も兼ねて、11月30日追記
ブクマコメントにあるやうに、『The Invention of printing in China and Its Spread Westwards』は東洋文庫に『中国の印刷術:その発明と西伝』といふ邦訳がある。邦訳は二分冊で、第二巻の194-197頁が漢字の近代金属活字についての記述となってをり、個人名としてロバート・モリソンについてのみ言及がある。
ちなみに、そのあたりの原注に「WU 1952」が見える。
『A history of the Old English Letter Foundaries』は、おそらく『Library Quarterly』記事の誤記。『A history of the Old English Letter Foundries』1952であれば、関西学院大学図書館と京都外語大学付属図書館が所蔵してゐる。
『The Printing Press in India』も、日本貿易振興機構アジア経済研究所図書館と東京大学東洋文化研究所図書室が所蔵してゐる模様。
各々眺める機会を作り出したいんだども、貧乏暇無しで、なかなか難しい。
「Wu 1952」が載ってゐる『Library Quarterly』22巻、これまた所蔵館が近所に無く、難儀な宿題だ。
当面は、Ismail 1984の記述を信用し、Wu 1952が、サミュエル・ダイアの事跡を印刷術史の中に位置づけた最初の英語文献だと思っておくことにする。Wu 1952の記述がどの程度のものだったか、これは、とても、知りたく思ふ。