旧twitterがXになり、「モーメント(Moments)」機能でまとめたメモの閲覧もできなくなってしまったのが自分にとって想像以上に不便である――twilogのキーワード検索では「流れ」や「塊」がうまく拾い出せなかったりする――ので、標記モーメント(https://twitter.com/i/moments/948857402404651015)を2018年1月の
東京芸術大学の旧総合芸術アーカイブセンターウェブサイトで、2017年2月に「山田耕筰著『若き日の狂詩曲』の直筆原稿」〈(大日本雄辯会講談社、昭和26(1951)年初版)の最終原稿〉全509枚!が公開されていた http://archive.geidai.ac.jp/8157 ということに今ごろ気づいた。
https://x.com/uakira2/status/948851782423203840
この「初版の最終原稿は、当時の編集者・窪田稻雄氏の手元にそのまま保管され、平成21(2009)年12月、同氏より東京藝術大学に寄贈され」たのだという。509枚に及ぶ原稿画像 http://archive.geidai.ac.jp/8917 を見ると、(窪田氏による)組方指示の朱筆が大量に見られるのだけれども、
https://x.com/uakira2/status/948852468137394176
1枚目冒頭 http://archive.geidai.ac.jp/media/img/yamada/001.jpg を見ても本文の活字サイズや字詰め・行数、版面の位置をどうするか、ノンブルをどうするか――といった、本の全体に関わる内容が記されておらず、昭和26年の講談社の単行本企画では別紙「組方要項」あるいは「指定指示書」として印刷所に知らされたのだと判断できる。
https://x.com/uakira2/status/948854129723518976
山田耕筰『若き日の狂詩曲』初版「入稿原稿」が「平成21(2009)年12月、同氏より東京藝術大学に寄贈され」http://archive.geidai.ac.jp/8157 るまでの間、単行本全体の体裁に関わる「組方要項」あるいは「指定指示書」は、「当時の編集者・窪田稻雄氏の手元にそのまま保管され」ていたりしなかっただろうか。
https://x.com/uakira2/status/948855301234573312
もし残されていたなら、「組方要項」あるいは「指定指示書」もセットでアーカイブされたなら、特に東京芸術大学のアーカイブセンターであるだけに、ブックデザイン(書容設計、図書設計)の観点から、なお一層貴重・重要な資料になったのに……と、惜しまれる。
https://x.com/uakira2/status/948856080548864000
実は、「編集者が残した資料」に注目していけば「組方要項」あるいは「指定指示書」が残されているケースに行き当たるのではないかと期待し始めていたところなのだけれど、実際のことろ、「原稿」は印刷所から編集部に返却されるとしても「要項/指示書」は返却不要扱いのものだったのだろうか。
https://x.com/uakira2/status/948856708159365120
以上は「入稿原稿の「組方指定」または「組版指定」の歴史を眺める」(2018-01-06)からリンクしていたモーメントを元ツイート履歴から再構成したものです。
