日本語練習虫

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宮澤賢治『春と修羅』初版本(関根書店、大正13〔1924〕)に見える版面の回転は2頁掛け印刷の痕跡ではないか

前々回の「#組版書誌 ノオト:宮澤賢治『春と修羅』初版本(関根書店、大正13〔1924〕)本文および本扉ならびに詩題の組み方について」を踏まえて前回、「宮澤賢治『春と修羅』初版本は活字組版を4頁掛にして「手刷の小さな機械」で刷ることができたか」を検討し、ある条件を満たせば活字組版を4頁掛にして組みつけることができたと結論づけました。

さて、『春と修羅』初版本を幾つか閲覧させていただいた際、「様々な込物飛び出し跡とTypographic errorなど」の他に気になったのが、版面が大きく回転している(傾いている)箇所があちこちにあることでした。見開きページ左右で版面の位置が上下に大きく食い違っている箇所があることや、ノンブル(の下線)がブレて二重になっているような跡があるところも気になってはいるのですが、今回はいったん忘れておくことにします。

版面の回転(傾き)というのは、例えば早稲田大学図書館古典籍総合データベース今井卓爾文庫蔵本(以下「早稲田古典籍DB今井文庫本」)における156-157頁のような状態を指します。

早稲田古典籍DB今井文庫本『春と修羅』156-157頁に見える版面の回転(傾き)

8頁折の形で綴られている『春と修羅』初版本が4頁掛で印刷されたのだとすると、ここは第21折の中央にあたる、連続する左右のページが同時に印刷されている見開きページに該当します。今井文庫本の場合ちょうど綴じ糸が切れているため、図のように「版面の回転(傾き)」が観察しやすい状態になっています。正立させた紙面を基準にすると版面が時計回りに1度くらい回転している(傾いている)状態ということになりますが、これは印刷時に用紙が1度くらい斜めになった状態で供給されてしまった結果ということになります。

国書データベース経由でオーテピア高知図書館近森文庫蔵本(以下「国書DB高知近森文庫本」)を眺めた限りでは、156-157頁の版面は特に回転せず正立しているか、または回転していたとしても角度がゆるやかであるように見受けられるなど、込物飛び出し跡等と同様に、現存各本で様々に異なる様相の印刷誤差として存在するのでしょう。

版面回転のところはどのように印刷されたか

版面回転のところは、活字組版が4頁掛だった場合、どのように組みつけられ、印刷されたでしょうか。

前回の「宮澤賢治『春と修羅』初版本は活字組版を4頁掛にして「手刷の小さな機械」で刷ることができたか」を踏まえて、早稲田古典籍DB今井文庫本に見える明らかな回転箇所について図にしてみましょう。

  1. 今井文庫本の画像を全ページ取得し、見開き状態の画像から単一ページの範囲を切り出す。
  2. 単一ページの画像について、小口が垂直になるよう角度を調整する。
  3. 理想的な4頁掛け印刷状態であると仮定できる第14折オモテと同じ状態になるよう、4つのページを配置する。

以上のような手順で4ページ分を集合させた画像に、前回同様、「#組版書誌 ノオト:宮澤賢治『春と修羅』初版本(関根書店、大正13〔1924〕)本文および本扉ならびに詩題の組み方について」で見出したレイアウト枠をあてがっていきます。

第21折の版面回転

小口が垂直になるよう角度を調整した単一ページ画像を一通り眺めていって、1つの折の中で最も「版面回転」が多いように見えたのが、第21折でした。

まずは第21折オモテ(153-160頁と156-157頁)。前掲図のように見開き単位で同時に印刷されていることが明らかな156-157頁だけでなく、同じ第21折オモテで左右に並ぶ153-160頁も、同じような角度で傾いている状態のようでした。

早稲田古典籍DB今井文庫本『春と修羅』153-160頁と156-157頁(21折オモテ)に見える版面の回転

今井文庫本を見ると、普通に4頁掛で組みつければ次図Aのようになるところ、次図Bのように天マージンを挟んで左右にズレて組みつけられた形になっています。

【図A】「美濃版チース」にノドも揃えて4頁掛で組みつけた状態(早稲田古典籍DB今井文庫本『春と修羅』より第14折オモテの想定)
【図B】第21折オモテが「美濃版チース」に4頁掛で組みつけられていた場合(早稲田古典籍DB今井文庫本『春と修羅』より想定)

実はこの第21折は、今井文庫本を見る限り、ウラも同じように天マージンを挟んで左右にズレて組みつけられ、オモテとは反対方向に回転している――という状態になっています。

早稲田古典籍DB今井文庫本『春と修羅』154-159頁と155-158頁(21折ウラ)に見える版面の回転

4頁掛で、わざわざ先ほどの図Bのような変な組みつけかたをするのかどうか、さて。

目次の折の版面回転

前回の「宮澤賢治『春と修羅』初版本は活字組版を4頁掛にして「手刷の小さな機械」で刷ることができたか」に記した通り、入沢康夫「詩集『春と修羅』の成立」(『宮沢賢治 プリシオン海岸からの報告』〔筑摩書房、初版第1刷1991年、初版第2刷1996年〕76~119頁)によると、最後の16頁分になる本文297頁から巻末の正誤表までが、第39折と第40折に相当するものを次のように入れ子にして綴ってあるのだということです(99頁「図3 初版本巻末16ページ分」を元に筆者作図)

入沢康夫「詩集『春と修羅』の成立」図3「初版本巻末16ページ分」を元に筆者作図

ここでは、正誤表が掲載されているページを含む折と目次8頁分の折のどちらが第39折でどちらが第40折かを決定せず、「目次の折」としておきます。

「目次の折」オモテは、次図のように、第21折よりも角度は緩やかですが第21折オモテと同じ方向に回転している(傾いている)ように見えます。

早稲田古典籍DB今井文庫本『春と修羅』「目次の折」オモテに見える版面の回転

一方で「目次の折」ウラを見ると、天マージンを挟んで版面の回転(傾き)角度が異なっているように見受けられます。

早稲田古典籍DB今井文庫本『春と修羅』「目次の折」ウラに見える版面の回転

これが美濃版チースに4頁掛で組みつけられたとするなら、どのような具合になるでしょうか。

「目次の折ウラ」が「美濃版チース」に4頁掛で組みつけられていた場合(早稲田古典籍DB今井文庫本『春と修羅』より想定)

わかりやすいようクサビを省いて図にしてみましたが、何らかの意図を持った造形詩というわけでもないのに、このように角度がズレるというのは考えられません。

考えられませんが、話の都合上、第21折オモテの想定図のように見開き印刷の版が天マージンを挟んで平行にズレている状態を「橫ズレ組みつけ」と呼び、「目次の折」ウラのように見開き印刷の版が天マージンを挟んで異なる角度になっている状態を「捻転組みつけ」と呼ぶことにしてみます。

「橫ズレ組みつけ」――第35折オモテ・ウラ

早稲田古典籍DB今井文庫本で版面回転が気になったところのうち、第35折オモテとウラが、第21折などと同様の「橫ズレ組みつけ」にあたるようでした。

早稲田古典籍DB今井文庫本『春と修羅』第35折オモテに見える版面の回転(「橫ズレ組みつけ」に見える状態)
早稲田古典籍DB今井文庫本『春と修羅』第35折ウラに見える版面の回転(「橫ズレ組みつけ」に見える状態)

「捻転組みつけ」――第11折ウラ、第15折ウラ、第31折オモテ、第34折オモテ・ウラ

早稲田古典籍DB今井文庫本『春と修羅』第11折ウラに見える版面の回転(「捻転組みつけ」に見える状態)
早稲田古典籍DB今井文庫本『春と修羅』第15折ウラに見える版面の回転(「捻転組みつけ」に見える状態)
早稲田古典籍DB今井文庫本『春と修羅』第31折オモテに見える版面の回転(「捻転組みつけ」に見える状態)
早稲田古典籍DB今井文庫本『春と修羅』第34折オモテに見える版面の回転(「捻転組みつけ」に見える状態)
早稲田古典籍DB今井文庫本『春と修羅』第34折ウラに見える版面の回転(「捻転組みつけ」に見える状態)

春と修羅』初版本の版面回転は4頁掛印刷ではなく半裁紙に2頁掛印刷をした痕跡なのではないか

以上のほか、早稲田古典籍DB今井文庫本から「版面の回転」感を受ける所に、第1折本扉、第23折169頁、第29折217頁、第30折225頁、第32折245頁などがあります。

国書DB高知近森文庫本の第1折本扉には回転感がありませんが、第23折169頁は回転、第29折217頁も回転、第30折225頁も回転であるように見えます。第32折245頁は回転のようにも見えるし回転していないようにも見える、という感じ。

やはり現存各本ごとに版面の「回転感」は異なっているようです。

今回仮に「橫ズレ組みつけ」と呼ぶことにした状態も、「捻転組みつけ」と呼ぶことにした状態も、どちらも実際に4頁掛で組みつけて印刷した結果とは考えにくく、半裁紙に2頁掛で印刷した結果と考える方が自然な内容です。

2頁分の活字組版を見開き配置する場合、短辺が五号36倍(約133mm/4寸4分)程度、長辺がノドアキ分を含めて五号59倍(約218mm/7寸2分)程度の矩形となります。さすがに内寸4寸5分×7寸の「端書用チース」には収まりませんが、美濃版チースに2頁掛で組みつけて印刷できるのはもちろん、美濃半裁用チース(内寸6寸×8寸8分)だけでなく、半紙半裁用チース(内寸5寸×8寸)でも2頁掛が成り立ちます。

美濃半裁用チースに2頁掛で組みつけた状態(早稲田古典籍DB今井文庫本『春と修羅』より第14折オモテ相当97・104頁の想定)
半紙半裁用チースに2頁掛で組みつけた状態(早稲田古典籍DB今井文庫本『春と修羅』より第14折オモテ相当97・104頁の想定)

春と修羅』初版本の版面回転は、8頁1折の形で綴じられている本文用紙を、4頁掛印刷ではなく半裁紙に2頁掛印刷をした痕跡なのではないか――というのが今回の結論です。

また、本文の最大行長が五号31倍である理由として、前回は美濃版チースに4頁掛で組みつける際の限界値だった――ということを想定していましたが、もし『春と修羅』初版本が全体を通して2頁掛で印刷されていたのだとすると、半紙半裁の手フート印刷機が使われたことに由来する限界だった――とも言えそうです。

4頁掛で印刷した蓋然性が高いと言える内容はあるか

さて、『春と修羅』初版本が8頁1折の形で綴じられている――8頁1折の本は通常1枚の紙のオモテ4頁分を一度に印刷し、ウラ4頁分も一度に印刷して、両面の印刷が終わった用紙を2回折ってからノドを綴じ、天地と小口を切り揃える――、という理由から初版本が4頁掛で印刷されたと想定する以外に、例えば「インクの斑の発生具合」など印刷状態から「ここは4頁掛の印刷だ」と判断できるような痕跡が残されているでしょうか。

版面回転箇所が2頁掛印刷の痕跡であろうことは間違いないと思うのですが、4頁掛印刷の痕跡はどのように捉えればいいのか。

春と修羅』初版本には、4頁掛印刷のところと2頁掛印刷のところが混在しているのか、いないのか。

できれば別の初版本を閲覧させていただく前に方針を見つけ出しておきたいと思っています。

何かお気づきのことがある方がいらしたら、ぜひご教示ください。