日本語練習虫

旧はてなダイアリー「日本語練習中」〈http://d.hatena.ne.jp/uakira/〉のデータを引き継ぎ、書き足しています。

宮澤賢治『春と修羅』初版本は活字組版を4頁掛にして「手刷の小さな機械」で刷ることができたか

さて、小倉豊文「『春と修羅』初版について」宮沢賢治研究会編『四次元』昭和30年4月号〔第7巻第4号〕、復刻版:国書刊行会宮沢賢治研究 四次元 第4冊』〔昭和57年〕)には、『春と修羅』初版本を手掛けた「地元花巻の印刷屋」のことが「田舎町の印刷屋のことであるから手刷の小さな機械しかなく、殊に詩集などの印刷には馴れてもいなかつた」と記されているのでした。

この「手刷の小さな機械」というのは、どのようなものだったでしょうか。

明治末に発行された青山進行堂『富多無可思』は前半が活字書体のカタログで後半が他の資機材のカタログという構成になっていて、「フートプレス」(フート式印刷機)として合計3種の印刷機が掲載されています。

青山進行堂『富多無可思』掲載「はがき印刷器械(フートプレス)」
青山進行堂『富多無可思』掲載「手押フートプレス」
青山進行堂『富多無可思』掲載「足踏フートプレス」

少し長くなるのですが、大阪出版社『最新活版印刷業案内』(大正14年)に書かれたフート式印刷機の解説を見ておきましょう(102-103頁:https://dl.ndl.go.jp/pid/1017790/1/64

 偖て最も簡略に名刺印刷を開業するにはその土地に應じて必要な活字や、よく人の姓名にあるやうな活字を用意し、若し活字の無い場合は活字製造所から買入れることゝし、込物は取交ぜて參圓位いものを求め、黑インキ半ポンド、よく人の用ひる形の名刺紙若干と、手刷器一臺を求め、先づ三十圓も投ずれば開業することが出來る。
 しかし四十圓内外を出せば手フートの小型印刷機があるからそれを求めると、ハガキとか狀袋のやうなものが印刷出來るから仕事の範圍も廣くなり隨つて注文も多くなる道理である、手フート印刷機には座して作業するものと立つて作業するものとがある、立つて仕事するものは半紙判や美濃判位いのものが印刷出來るから至極便利である。
 元來フートは足踏式の印刷機の稱であるが、足踏の代りに手引式に改造されたものを手フートと呼ぶやうになつたのである

大正活版所(吉田印刷所)が設備していた可能性がある「手刷りの小さな機械」は、青山進行堂『富多無可思』で言うところの「はがき印刷器械」ではなく、「手押フートプレス」の類か、または「足踏フートプレス」が「足踏の代りに手引式に改造されたもの」の類のどちらかだっただろうと思われるのですが、どちらだったか決め手はあるでしょうか。

また、機構の決め手は見つからないとしても、そもそも『春と修羅』4頁分の活字組版を一度に組み付けて印刷できる「手刷の小さな機械」とは、どのようなサイズ感のものだったでしょう。

大正活版所(吉田印刷所)が設備していた可能性がある「手刷りの小さな機械」

西岡長作『活版印刷開業案内』では、「手フート」印刷機について「專ら名刺、はかき等の印刷に適當するように作られたものが、同業案内中に記されたる手フートである」「大型と小型があつて、大型は半紙半枚のものまで印刷が出來る」と解説されています(巻末の藤村悌次「活版材料の種類と値段及其買ひ方」4ページ:https://dl.ndl.go.jp/pid/919297/1/39

少し後ろに「手フート」とだけキャプションがつけられた写真が掲載されているのですが(下図:https://dl.ndl.go.jp/pid/919297/1/52、「大型」なのか「小型」なのか、ちょっと見当がつきません。

西岡長作『活版印刷開業案内』巻末掲載の「手フート」印刷機

大阪出版社『最新活版印刷業案内』には「半紙半枚」対応であろう大型「手フート」と、「足踏の代りに手引式に改造された」もの、2種類の写真が掲載されています。

大阪出版社『最新活版印刷業案内』102-103頁掲載「手フート(一)」右側/「手フート(二)」左側

大阪出版社『最新活版印刷業案内』103頁に掲載されている「手フート(二)」が、「足踏の代りに手引式に改造された」弾み車を回転させる方式の印刷機になります。ここでは「手フート(一)」形式のものを「レバー式」の手フート印刷機、「手フート(二)」形式のものを「車式」の手フート印刷機と呼んでおきます。

大正活版所が開業する頃に存在していたかどうかは判りませんが、三谷幸吉『誰にも判かる印刷物誂方の秘訣』(昭和5年)に掲載されている明京社印刷機械店の広告によるとhttps://dl.ndl.go.jp/pid/1175447/1/52、「レバー式」の手フート印刷機として、更に大きな美濃判や半紙判に印刷できるものも作られていたようです。先ほど引用した大阪出版社『最新活版印刷業案内』で「立つて仕事するもの」と言われているのが、このサイズに相当しますね。

三谷幸吉『誰にも判かる印刷物誂方の秘訣』(昭和5年)に掲載されている明京社印刷機械店の「フート印刷機械」広告

手フート印刷機の仕組みをおさらいしておきましょう。「レバー式」の手フート印刷機であるAdana(8x5)で、インキローラーを取り外して「仕組み」を判りやすくした状態。

Adanaの版盤と圧盤

印刷する際には、「版盤」へ鉄枠chaseに組み付けた活字組版を取り付け、「圧盤」側に用紙をセットします。

Adanaの版盤に鉄枠(組版)をセットし圧板に用紙をセットしたイメージ

レバーを押し下げると圧盤がヒンジ運動で版盤に接近し、接触・加圧されることで、組まれた版の文字(や図)の表面に塗布されたインキが用紙に転写されます。

このイメージのように圧盤より大きい用紙をセットすることも可能ですが、1度に印刷され得るのは、鉄枠chaseに組み付け可能な版の大きさまでとなります。

せんだいメディアテーク地下の活版印刷工房にある手フート印刷機(「テキン」とも称されます)は明京社印刷機械店の「フート印刷機械」広告の小型の方(半紙半裁)と外見はそっくりのもので、内寸6寸×8寸に相当する大きさのchaseとなっており、ハガキサイズの紙に印刷する版を組み付けたところが次の写真になります。

カレンダー兼活字見本(ハガキサイズ)の組版を半紙半裁「チース」に組み付けた状態

当時の締め具は写真のような両開きの「ジャッキ」ではなく、スライド式の金具(森川龍文堂『活版総覧』〈昭和8年〉より「鉄製クサビ」の図:https://dl.ndl.go.jp/pid/1209922/1/164か単純なクサビのどちらかだったようですが、いずれにせよ、最小限必要な締め具や押さえ木の寸法を考えると、チース内径よりタテもヨコも1寸から1寸5分程度は小さい寸法が組みつけ可能な最大サイズになりそうです。

印刷材料新報社『印刷材料品仕入案内 1930 関西版』(昭和5年)には、色々な大きさの「フート印刷機械」の流通価格が用紙サイズと対応する「チース(chase:組付枠)」の寸法と共に示されていますhttps://dl.ndl.go.jp/pid/1055936/1/65。表として拾い出してみると、次のような感じです。

名称 チース内径
名刺端書用 4寸×6寸
端書用 4寸5分×7寸
半紙半裁用 5寸×8寸
美濃半裁用 6寸×8寸8分
ビクトリヤ型 5寸×8寸
半紙版 7寸5分×10寸
美濃版 9寸5分×10寸3分

フート式印刷機としては、半紙版や美濃版――更に特別なものとして美濃寸延版(長手方向を一寸延ばしたもの)――が最大寸法となるようです。

春と修羅』初版本は何ページ折か

東京都立中央図書館本のように改装されたものは別として、綴じ糸が弱った状態の原装本を見ると、8頁を1折として綴じられている様がよく分かります。本扉から序文末までが第1折で、第2折から第38折まで――「春と修羅」章扉から本文296頁まで――が8頁単位でひとつの塊になっています。

右綴じ(右開き)8頁折の任意の1折を天から見た模式図

右綴じ(右開き)8頁折の任意の1折を天から見ると図のようになるわけですが、ここで早稲田大学図書館古典籍総合データベースで今井文庫の『春と修羅』画像を眺めてみましょう。綴じ糸が無くなっていてかつ比較的撮影時の紙面湾曲が少ない箇所では、例えば96頁が第13折の最終ページ、97頁が第14折の開始ページでありhttps://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/bunko03a/bunko03a_00851/bunko03a_00851_p0061.jpg、98頁は第14折の2頁目で99頁は第14折の3頁目(なので、98頁・103頁の面から99頁の面が浮いている: https://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/bunko03a/bunko03a_00851/bunko03a_00851_p0062.jpg、100頁と101頁は第14折の中央見開きで、ほぼ間違いなく当該見開きが同時に印刷されている状態https://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/bunko03a/bunko03a_00851/bunko03a_00851_p0063.jpg、102頁は98頁と対になる第14折の6頁目(なので、これも98頁・103頁の面から浮いている:https://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/bunko03a/bunko03a_00851/bunko03a_00851_p0064.jpg、104頁が第14折の最終ページで105頁は第15折の開始ページであるhttps://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/bunko03a/bunko03a_00851/bunko03a_00851_p0065.jpg――といったことが見て取れます。

初版本のうち、例えば2025年3月に閲覧させていただいた日本近代文学館蔵本は、①44-45頁、②124-125頁、③132-133頁、④140-141頁、⑤156-157頁、⑥172-173頁、⑦180-181頁、⑧188-189頁、⑨196-197頁、⑩204-205頁、⑪212-213頁、⑫220-221頁、⑬228-229頁、⑭236-237頁、⑮244-245頁、⑯252-253頁――の16か所で綴じ糸の保持力が失われていて、8頁折の中央であることが明確に確認できました。

さて、先ほど「第2折から第38折まで――「春と修羅」章扉から本文296頁まで――が8頁単位でひとつの塊になって」いると記しました。入沢康夫「詩集『春と修羅』の成立」(『宮沢賢治 プリシオン海岸からの報告』〔筑摩書房、初版第1刷1991年、初版第2刷1996年〕76~119頁)によると、最後の16頁分になる本文297頁から巻末の正誤表までが、第39折と第40折に相当するものを次のように入れ子にして綴ってあるのだということです(99頁「図3 初版本巻末16ページ分」を元に筆者作図)

入沢康夫「詩集『春と修羅』の成立」図3「初版本巻末16ページ分」を元に筆者作図

この巻末16頁分も、8頁1折を特別な順番で印刷し、入れ子にして綴ったもの――と考えられます。

4頁分の活字組版をどのように配置するか

8頁1折の場合、1枚の紙に表側4頁、裏側4頁をまとめて印刷するわけですが、最初の折り目を本の天側にするか地側にするかで、各頁の活字組版のチースへの組みつけかた(版の掛けかた)が異なります。

4頁掛の第1折オモテ:天中央と地中央の違い

この図では単に各頁の版の向きが違うだけであるように見えますが、現物に即して考えると、天マージンと地マージンが大きく異なっているので、限られたチースの枠内に版面が収まるかどうかという問題が隠れています。

「#組版書誌 ノオト:宮澤賢治『春と修羅』初版本(関根書店、大正13〔1924〕)本文および本扉ならびに詩題の組み方について」(2025/10/04)で検討した通り、縦方向の本文最大寸法は五号31倍(約115mm/3寸8分)――ノンブルも含めると縦方向は五号34倍(約125mm/4寸2分弱)――で、横方向は五号23倍から23.5倍という寸法でした。

天側であるにせよ地側であるにせよ、折って裁断するための断ちしろがマージンの外側に少なくとも9mm(3分)程度必要と想定し、また私の用語で言う「総版面」の外周を五号全角の木インテルで押さえてやる必要がある、――という前提で4頁分を組みつけるのに必要な最小スペースを確認してみましょう。

早稲田古典籍DB『春と修羅』第14折オモテが天側を中央にして刷られていた場合

春と修羅』第14折オモテが天側を中央にして刷られていた場合、図のように、長辺が五号84倍(約311mm/10寸2分5厘)程度、短辺が五号59倍(約218mm/7寸2分)程度の矩形になります。美濃版のチースには長辺がギリギリ収まりますが、半紙版以下のチースには収まりません(天側の断ちしろがゼロで良ければ、長辺五号81倍半から82倍程度≒ほぼ丁度10寸となり半紙版チースに収まりますが、断ちしろゼロはナンセンスな仮定です)

早稲田古典籍DB『春と修羅』第14折オモテが地側を中央にして刷られていた場合

春と修羅』第14折オモテが地側を中央にして刷られていた場合、図のように、長辺が五号93倍(約344mm/11寸3分6厘)程度、短辺が五号59倍(約218mm/7寸2分)程度の矩形になります。美濃版のチースにも収まらず、美濃寸延版でも収まるかどうかわからないサイズ感。

地側を中央にして組みつけることが可能だった場合、「#組版書誌 ノオト:宮澤賢治『春と修羅』初版本(関根書店、大正13〔1924〕)本文および本扉ならびに詩題の組み方について」で触れたような、一部の字間をベタにして行長を五号31倍に収めるような調整は全く不要で、全て四分アキで通すことが可能です。

美濃寸延版のチースにギリギリ収まったかも――という可能性は捨てて良いでしょう。

4頁分の組版をどのように組みつけたか

大正期に8頁掛けでチースに組みつけている様子が、矢野道也『印刷術 上巻』(丸善大正2年)に図示されています(180頁:https://dl.ndl.go.jp/pid/949336/1/99。これに倣いつつ当時の「4ページ本掛け組みつけ」(天側を中央にしている場合)の一般的な状態を図にしてみます。

大正期の「4ページ本掛け組みつけ」概念図

先ほど検討した「『春と修羅』第14折オモテが天側を中央にして刷られていた場合」の寸法と美濃版チース(9寸5分×10寸3分)のサイズ感に基づいて検討すると、実際の「4ページ本掛け組みつけ」は次のような状態であったと考えられます。

春と修羅』の「4ページ本掛け組みつけ」想定図

ところどころ行の並びが微妙に歪んでいっている頁が散見されることを勘案すると、「締め木」は2頁分にまたがる形ではなく1頁分に届いているかいないかの、調整が難しそうな形になっていたかもしれません。

当面の結論

さて、今回の問いは「宮澤賢治春と修羅』初版本は活字組版を4頁掛にして「手刷の小さな機械」で刷ることができたか」というものでした。

  • 「美濃版の手フート」なら少なくとも活字組版を4頁掛にして組みつけることはできた。
  • 天側を中央にして組みつけられたものと考えて良い。

――というところを、当面の結論としておきます。

現在私たちが印刷博物館市ヶ谷の杜 本と活字館で体験印刷をさせていただける「手刷りの小さな機械」はAdana 8x5という「葉書用」に相当するサイズ(チースが8インチ×5インチ:約6寸7分×4寸2分)ですから、これに比べるとだいぶ大きい印刷機になります。市ヶ谷の杜 本と活字館に据えられている本格的な書籍印刷にも使われ得る平台印刷機等に比べて「小さな機械」という評なのでしょう。