日本語練習虫

旧はてなダイアリー「日本語練習中」〈http://d.hatena.ne.jp/uakira/〉のデータを引き継ぎ、書き足しています。

〈『カムイ伝』の「印刷原版」〉としてネットオークションに出ていた小島剛夕『土忍記』亜鉛版の素性が知りたい話

新聞やマンガ雑誌の印刷というと、輪転機用の曲がった鉛版亜鉛版を思い浮かべてしまうわけですが「マンガ雑誌の樹脂版」(2010/10/29)・「マンガの印刷と樹脂版」(2012/04/17))、2022年第1四半期からヤフオクに出ていて9月末に落札された「島原新聞の印刷用原版(平鉛版)昭和58年1月1日号」(https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/u1025566428や落札されずに終了した「珍品 平鉛版 聖教新聞 昭和47年 央南版」(https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/v756106471のように、部数によっては平鉛版を用いて枚葉機(平台印刷機)で印刷されるものもあったようです*1

さて、2021年12月26日以降たしか半年くらいの間、月に2回くらいのペースで〈『カムイ伝』の「印刷原版」〉がヤフオクに出品されていました*2*3。「家財整理品として譲り受けたままで詳しくはわかりませんので写真でご確認ください」という説明と写真を眺めながら、2021年10月8日に白土三平氏が、同12日に岡本鉄二氏が相次いで逝去されたことをきっかけとしている出来事なのだろうか――それにしても紙型ではなく鉛版が保管されていたのは何故?!――等と思いながら(ほぼ常に)ある特定アカウント氏と競り合って、何とか4ページ分だけ入手することができていました。

入手した鉛版の裏面には赤マジックで「133」「134」等と書かれています。「MITSUI FINE ZINC」という製品名を囲うように「PHOTO ENGRAVING PLATE」という文字も見えますから、アナログ原稿のフキダシ内やナレーション部分に写植の文字を貼り込んだ入稿原稿に基づいて作成された、写真製版による亜鉛凸版ということになるでしょうか*4*5*6

三井金属鉱業「FINE ZINC」を用いた写真製版の亜鉛版(裏面)
〈『カムイ伝』印刷原版〉として入手した裏面番号「134」の亜鉛版・スキャン画像を左右反転 *7

この2つの画像に見える通り、亜鉛版はコマ枠線の大外枠(マンガ本文の版面)ほぼギリギリのサイズに切断されていて、オモテ面のコマ枠線大外枠は概ね橫150mm縦220mmというB5判マンガ雑誌の版面サイズになっています*8

確かに『ガロ』はB5判だったもんねと思いながら、ウェブサイト「白土三平絵文学」の「カムイ伝(第一部) - 連載各回初出詳細と収録単行本」を参照しつつ、「全15巻型単行本」の1つである小学館文庫版(SB版)を読破してみたのですが、該当のページは見当たりません。

ストーリーの断片や絵柄から、仮にカムイ伝シリーズではないとしても白土三平作品のどれかであろうと考えてチマチマ読み散らかしていたわけなのですが。

先日、開封していなかった方の鉛版をあけてみたところ、有力な手掛かりになりそうな人名が見えました。その「多羅尾平八」という人名で検索してみたところ、「刀剣ワールド」というウェブサイトの「戦前生まれの刀剣漫画家・刀剣漫画原作者「小島剛夕」」がヒットしました。多羅尾平八は、小島剛夕の『土忍記』というマンガに描かれた秘剣の使い手のようです。

〈『カムイ伝』印刷原版〉として入手した裏面番号「154」の亜鉛版・スキャン画像を左右反転 *9

さっそく「日本の古本屋」経由で双葉社アクションコミックスの小島剛夕『土忍記』(2巻セット、第1巻:昭和53年4月10日初版、第2巻:昭和53年6月10日初版)を購入してみたところ、4枚の亜鉛版はすべて第1巻収録の第6話「死剣草なぎ」と第7話「砂塵と血風」のページ内容に合致することが判りました。

セリフやナレーションの書体、そしてわずかに行頭が揃っていない箇所の不揃い具合なども合致しているようですが、『土忍記』単行本の判型はB6コミック判であるため、ご覧の通り大きさが合いません。

裏面番号「134」の亜鉛版と『土忍記』第6話「死剣草なぎ」アクションコミック版126ページ
裏面番号「154」の亜鉛版と『土忍記』7話「砂塵と血風」アクションコミック版146ページ

* * *

あの頃競り合っていた相手が既に小島剛夕『土忍記』の「印刷原版」であることに気づいてSNS等で知らせていたりしないだろうかと考え、旧ツイッターで「小島剛夕 土忍記」を検索してみました。

それらしい言及は見当たらなかったものの、『コミック乱ツインズ』公式アカウントの告知により、2019年3月号に「死剣草なぎ」が*10、4月号に「砂塵と血風」が掲載されているようだと判りました*11

アクションコミック版のネーム印刷文字は小さめの写植文字ですが、SNSの告知画像では、ネーム印刷文字が少し大きめのデジタルフォントによって貼り直されているようです。告知画像は『コミック乱ツインズ』の印刷用データに基づいて作成されたものでしょうか。

コミック乱ツインズ』の『土忍記』6話・7話掲載号を含むセットを適価で入手できたので、亜鉛版と誌面を並べてみました。

裏面番号「134」の亜鉛版と『土忍記』第6話「死剣草なぎ」コミック乱ツインズ版(2019年3月号)124ページ
裏面番号「154」の亜鉛版と『土忍記』7話「砂塵と血風」コミック乱ツインズ版(2019年4月号)128ページ

まず、初出誌オリジナルと思われる亜鉛版に見えるコマ枠線の大外枠(マンガ本文の版面)よりも『コミック乱ツインズ』掲載の版面が104~105%程度拡大された状態――亜鉛版が概ね橫150mm縦220mmであるのに対して『コミック乱ツインズ』では横156mm縦230mm――であることが見て取れます。

この版面サイズの拡大以上にネーム印刷文字が拡大されていて、亜鉛版のセリフが8ptであるのに対して『コミック乱ツインズ』では9ptになり、ナレーション部分は亜鉛版8ptに対して『コミック乱ツインズ』は10.5ptまで拡大されています。また、書体も凸版印刷の大人向けマンガ雑誌のおすすめセットということなのか、リイド社あるいは『コミック乱ツインズ』編集部の指定なのか、そのあたりは判りませんが、セリフの書体がモリサワアンチゴチで学参仮名*12になっていますね*13

書体の演出という意味では、亜鉛版やアクションコミック版ではセリフが細明朝、ナレーションが中ゴシックという2書体限定だったのに対して、コミック乱ツインズ版では標準のセリフがアンチゴチで「やられ声」が古印体風になっているなど、現代化が図られています。また、よく見るとネーム印刷文字の「テキスト」が変わっていたり、スクリーントーンの形状(範囲)や処理が変わっている部分があるなど、細かく見ていけば多くの変更点が見つかりそうです。

裏面番号「134」の亜鉛版と『土忍記』第6話「死剣草なぎ」コミック乱ツインズ版(2019年3月号)124ページ(部分)
裏面番号「154」の亜鉛版と『土忍記』7話「砂塵と血風」コミック乱ツインズ版(2019年4月号)128ページ(部分)

* * *

ウェブサイト「小島剛夕の世界」「作品リスト・3(昭和42年)」を見ると、元々は初出誌『コミックmagazine』の11月14日号に第6話「死剣草なぎ」が、11月28日号に第7話「砂塵と血風」が掲載されていたようです。

国会図書館に郵送複写を依頼し、届いたコピー資料と亜鉛版を並べてみました。「作品リスト・3(昭和42年)」で紹介されている扉絵だけが2色カラーだったのかと思っていたのですが、本文もオール2色刷だったようです。

裏面番号「134」の亜鉛版と『土忍記』第6話「死剣草なぎ」コミックmagazin版(1967年11月14日号)146ページ
裏面番号「154」の亜鉛版と『土忍記』第7話「砂塵と血風」コミックmagazin版(1967年11月28日号)150ページ

亜鉛版に見えるコマ枠線の大外枠(マンガ本文の版面)やネーム印刷文字のサイズも書体、どちらも国会図書館蔵『コミックmagazine』各号のコピーと合致しているのですが、亜鉛版をよく見るとスミで刷る部分だけでなく朱の部分もアミ点として製版されています。

裏面番号「134」の亜鉛版と『土忍記』第6話「死剣草なぎ」コミックmagazin版(1967年11月14日号)146ページ(部分)
裏面番号「154」の亜鉛版と『土忍記』第7話「砂塵と血風」コミックmagazin版(1967年11月28日号)150ページ(部分)

初出誌のページ番号なのではないかと予想していた亜鉛版裏面の番号も、『コミックmagazine』のノンブルとは異なっていました。

この亜鉛版は、いったいどういう版なのでしょうか。ご存じの方、あるいは予想が立つ方がいらしたら、ぜひご教示ください。

*1:枚葉機が稼働している様子を撮影したYouTube動画に、ほぼ日刊イトイ新聞による〈活版印刷職人・加藤隆男さんの「活字拾い、組版、印刷から裁断」まで〉(https://youtu.be/AoaxKEgDMic)や、Salama Press Clubによる〈理想社 四六全判大型活版印刷機の稼働の勇姿〉(https://youtu.be/Dzn19poZEDQ)があり、とても素晴らしい記録。どちらも鉛版ではなく活字原版を直接組み付けての印刷。

*2:当時のオークション件名は「激レア!★カムイ伝白土三平★」または「激レア!☆カムイ伝白土三平☆」で始まり、亜鉛版の裏面に書かれている番号が記載され、更に「漫画コミック 印刷原版2枚 亜鉛版 ガロ ビンテージ」と追記――というフォーマットでした。

*3:ヤフオクの出品が落ち着いた頃に大江戸骨董市に出るなどして(https://x.com/uakira2/status/1576140438687297536)、その後も細々と(?)流通しているようです。

*4:『月刊印刷時報』1964年11月号「ファインジンクを(FINE ZINC)使用して」https://dl.ndl.go.jp/pid/11434709/1/58

*5:『月刊印刷時報』1968年9月号「新しい文字印刷・フレキソ印刷https://dl.ndl.go.jp/pid/11434755/1/53

*6:活版印刷研究所 Web Magazine 生田信一(ファー・インク)「シャープな細線まで再現! 亜鉛版の製版現場をレポート」https://letterpresslabo.com/2017/01/10/shinichi-ikuta-column-aentoppan_report/

*7:裏面番号「133」「134」の亜鉛版は今回小島剛夕『土忍記』第6話「死剣草なぎ」中のページと判明

*8:冒険法編集部『マンガのかきかた (ぼくらの入門百科)』(秋田書店、昭和37年)185ページにはB5判、A5判、B6判の版面寸法が示されていて、「B5(本誌の大きさ)」は橫15cm縦22.5cmとあります(https://dl.ndl.go.jp/pid/1674927/1/98)。

*9:裏面番号「153」「154」の亜鉛版は今回小島剛夕『土忍記』7話「砂塵と血風」中のページと判明

*10:コミック乱ツインズ」公式アカウントによるSNS告知:https://x.com/ComicRanTwins/status/1095521494954782720

*11:コミック乱ツインズ」公式アカウントによるSNS告知:https://x.com/ComicRanTwins/status/1105740279162855424

*12:学参かな アンチックAN M https://www.morisawa.co.jp/fonts/specimen/1388

*13:私は、2000年代だったか2010年代の初め頃だったか、ビッグコミック系のネーム印刷文字が写植書体からDTP書体に切り替わっていく過程で、なるべく従来の写植書体と似た雰囲気のDTP書体を採用しようとした結果、仮名が学参かな アンチックAN Mになったのだと想像しています https://x.com/uakira2/status/315717500354568192