森荘已池『宮沢賢治の肖像』(津軽書房、1974年)に要所要所で出てくる、山口活版所の当時の代表者山口徳治郎氏からの聞き書きのうち、「『注文の多い料理店』二人」の項で取り上げられている話(「昭和15年2月7日の聞き書き」)に曰く(252頁 https://dl.ndl.go.jp/pid/12462985/1/131、引用文中の「大正出版所」は原文ママ):
『春と修羅』自費出版のとき、宮沢さんは原稿を持ってワタシラ
方 に来あんしただ。ちょうどにワタシラ方で支店の形で、大正出版所を花巻に出したときで、校正など好都合で、そこで印刷したのでござんしたナ。宮沢さんは、〝親父が株で儲けたので出してもらう〟と言っておりあんした。製本は東京で。花巻にない活字は、ワタシラ方に、ご自分でこられて、お持ちでしたナ。
同書の「『春と修羅』について」の項では「花巻にない活字」について次のように記されています(355頁 https://dl.ndl.go.jp/pid/12462985/1/182、引用文中の「大正活版」は原文ママ):
私がはじめて宮沢賢治の姿を見たのは、花巻の梅野啓吉が指した後ろ姿だった。
梅野啓吉は、川村専一、小屋敷義雄、帷子勝郎ら(岩手日報記者から朝日新聞記者になった人たち)といっしょの文学青年で、のちに同じく朝日新聞記者になった。梅野の父親は花巻吹張で活版屋を営んでいた。今考えると設備投資ができなかったためか、ひとむかし前の変体ガナなども、ときにはまじるような印刷で、活字の書体も古めかしかった。
詩集をつくるので、賢治は印刷を花巻の大正活版で印刷させているということであった。その印刷所は盛岡の山口活版の支店のようなもので、活字は梅野活版より多少は新しかったが、開業早々で、まだ整備していなかったのだろう。校正刷りで、ない活字が相当に「ゲタ」をはいていたらしい。「ゲタをはく」というのは、印刷屋のことばで、活字のないところに〓の型のしるしが刷ってある。活字をふせておしりの方で印刷されているのである。
賢治は校正の途中で、ゲタをはいた活字を書き上げて、盛岡の山口活版にとりにいった。それがしばしばであることを梅野啓吉が話してくれた。さすがに賢治は『春と修羅』を恐るべき梅野活版には頼まなかった。
大正活版所が「開業早々で、まだ整備していなかった」ために「校正刷りで、ない活字が相当に「ゲタ」をはいていた」のでしょうか。
小倉豊文「『春と修羅』初版について」(宮沢賢治研究会編『四次元』昭和30年4月号〔第7巻第4号〕、復刻版:国書刊行会『宮沢賢治研究 四次元 第4冊』〔昭和57年〕)には、「地元花巻の印刷屋」のことが次のように記されています。
吉田忠太郎という人は花巻の印刷屋さんで花巻駅前通にあり、当時そこはまだ花巻町と合併せられず、花巻川口町と称していた。賢治の家もやはり同町内である。田舎町の印刷屋のことであるから手刷の小さな機械しかなく、殊に詩集などの印刷には馴れてもいなかつたので、賢治の苦心も少なからぬものがあつたらしい。原稿を渡して印刷がはじまると、賢治は殆ど毎日校正やその他の手伝にこの印刷屋に通い、往復の途次には校正刷をもつて関氏の店に立ち寄り、詩を読んで聞かせては批評を求めるのが例であつたという。
少なくとも国会図書館所蔵で全文検索が可能な資料の範囲では、吉田忠太郎(大正活版所または吉田印刷所)が印刷を手掛けたと判る資料は『春と修羅』初版本しかありません*1。「手刷の小さな機械」しか設備していない大正活版所にとって『春と修羅』初版本のような「ページ物」の印刷は極めて例外的な仕事だったと考えてよいでしょう。
書籍や雑誌などの「ページ物」を手掛ける印刷所――大きな紙を相手にして1度に8頁分や16頁分の組版を並べて印刷できるような大型印刷機を設備しているところ――ではなく、「手刷の小さな機械」を用いて名刺やハガキ、チラシ等の「端物」印刷を手掛けることを目的として開業したのであろう大正活版所の規模感を探ってみたいと思います。
大正期に端物印刷を主とする印刷所を開業する際、一般的に、活字を含めどれくらいの資機材を揃えるところからスタートしたのでしょうか。
大正13年『活版印刷開業案内』と同14年『最新活版印刷業案内』から想定する「大正活版所(吉田印刷所)」の規模感
明治末に発行された原巷隠『各種営業小資本成功法』には店舗不要で一種の自転車操業が可能な形態としての「名刺印刷業」の立ち上げ方が記されており(39-43頁 https://dl.ndl.go.jp/pid/904514/1/26)、名刺印刷器械だけを先行して入手しておき、あとは注文の取れ次第に必要な活字を都度買い足していくという手法が紹介されているのですが、「山口活版の支店のようなもの」として端物印刷所のそれなりの設備を整えて開業したであろう大正活版所は、そのような形態ではなかったでしょう。
大正10年代というのは、島谷政一『活版印刷自由自在』(https://dl.ndl.go.jp/pid/961210/1/62)のように「ページ物」を手がける印刷所を開くにあたって必要となる資機材を示すもののほか、西岡長作『活版印刷開業案内』(https://dl.ndl.go.jp/pid/919297/1/11)や大阪出版社『最新活版印刷業案内』(https://dl.ndl.go.jp/pid/1017790/1/18)のように端物を扱う小さな活版印刷所を始める際の予算感を示す入門書も相次いで書かれた時期にあたります。
大阪出版社『最新活版印刷業案内』の「資本金は幾何を要するか」という項には、次のように記されています(10-11頁 https://dl.ndl.go.jp/pid/1017790/1/18):
大規模の設備をすれば數萬圓乃至數十萬圓を要するが三十圓資金活版印刷開業ということを標榜してゐる材料業者もある位ゐだから名刺印刷專門の如き小規模で開業するとせば十五圓か二十圓位ゐで開業することも出來る
更に進んでハガキや狀袋類、チラシ廣告といふやうなものを印刷せんとすれば二百圓乃至三百圓を要する、何んでも一通り出來る印刷所では三千圓も五千圓も要る、雜誌の印刷でも引受けるには壹萬圓以上の資本をかけて設備せねばならぬ
西岡『活版印刷開業案内』には「名刺印刷業の資本と設備」という項があり(17-22頁 https://dl.ndl.go.jp/pid/919297/1/11)、ページ物を手がけるような本格的な「活版印刷業の資本と設備」とは区別して紹介されています(下図:同書18-19頁より)。

名刺のみを対象とする最小限の開業セット(「資本金壹百圓」の、三号活字が名前用で六号活字が住所の類)ではなく、「ハガキや狀袋類、チラシ廣告といふやうな」端物全般を扱う印刷所の開業資金として、大阪出版社『最新活版印刷業案内』でも西岡『活版印刷開業案内』でも「資本金貮百圓」または「資本金參百圓」が想定されていると判ります。西岡『活版印刷開業案内』に記されている開業セットのうち活字の内訳を見ると、当時一般に「年賀文字」類として用意されていた初号活字・一号活字や、店舗名や会社名その他チラシの見出しなどに使うのであろう二号活字、挨拶文等用の四号活字、そしてテキスト用の五号活字、名刺の住所等に用いる六号活字までが、端物全般を手掛ける活版印刷所の「資本金貮百圓」での開業セットとして想定されているようです。
「資本金貮百圓」の五号活字「六千個」や「資本金參百圓」の「一万個」というのは、文字の種類が六千(あるいは一万)という話ではありません。「←この文」を活字で印刷する場合、「の」「い」の活字が3個、「資本金百圓六千字個一万とうはあ」の活字が各2個、――というように、1種類の文字を同時に複数用意しておかなければ簡単な文章も綴ることができません。文字の種類としては活字総数の半分以下と見て間違いないでしょう。
西岡『活版印刷開業案内』20-21頁に「販賣所に依つては、名刺用三號活字一組何程と云ふ廣告をして、賣出して居るところもある」と書かれている通り(https://dl.ndl.go.jp/pid/919297/1/13)、例えば秀英舎が大正3年7月の『印刷世界』8巻7号に名刺用活字の広告を出しています(https://x.com/uakira2/status/1020623421103693824)。この秀英舎の「御名刺用活字特價販賣」広告によると、「名刺用明朝三號活字」は1200字種が各4で5200本が1セット、「名刺用明朝六號活字」は2000字種が各5で10000本が1セットとされています。
大阪出版社『最新活版印刷業案内』では、ページ物を手がけるような印刷所が取り揃えるべき漢字の種類について「元來漢字の數は、五千種を揃へて普通の活版印刷所と云はれ、七千揃へて漢詩の如きものが組まれる程度のものであるが、段々漢字の數が制限され、餘りに六ケしい漢字は使用されない傾向が近來著しく、嘗て文部省國語調査會では常用漢字數を一千九百六十三字に制限したので活版印刷業者の設備もいと容易くなつたが尚ほ四千種内外は使用されて居る」と記され(46頁 https://dl.ndl.go.jp/pid/1017790/1/36)、「活字買入個數比例表」(142-177頁 https://dl.ndl.go.jp/pid/1017790/1/84)として漢字4250字種(活字個数3万本)に、ひらがな・カタカナ・数字・約物計250字種を加えて約37000本の活字が必要設備として示されています。
「活字買入個數比例表」では各文字の下に標準必要数量が記されており、例えば平仮名の場合(格助詞となる)「は」「に」「を」「の」等が150本、「ゐ」「ゑ」等が15本となっています。

残念ながら先ほどの端物印刷所開業用「資本金貮百圓」の五号活字「六千個」や「資本金參百圓」の「一万個」の内訳は示されていませんが、例えば大正14年には東京の新聞社11社が紙面で用いる漢字を2108字に制限する取り決めを結び、また大阪朝日と大阪毎日が2490字としているように(新聞研究所『日本新聞年鑑』大正14年版12-14頁 https://dl.ndl.go.jp/pid/976177/1/24)、当時、日常の文を綴るには2000種程度の漢字数で足りるものと判断されていました。大阪出版社『最新活版印刷業案内』の「活字買入個數比例表」で常備数量が3本となっている漢字活字は(数え間違いでなければ)2016字ですから、5本以上備えるべき漢字活字の種類は2200余りとなり、やはり2200字内外が常用漢字という扱いになっています。
ここでは、大阪出版社『最新活版印刷業案内』の「活字買入個數比例表」に掲載されている漢字活字4250を一般的なページ物を扱う印刷所の標準セットとし、そのうち常備数量が3本となっている漢字は端物印刷所では標準セットに含まれないレア漢字、更に例えば大正14年に発行された東京築地活版製造所『五號明朝活字總數見本 全』(桑山書体デザイン室KD文庫蔵)に掲げられている9570字のようなフルセットにしか見えないようなものをスーパーレア漢字といった呼び方で、『春と修羅』初版本の活字を見ていきたいと思います。
『春と修羅』初版本のレア漢字とスーパーレア漢字
先ほどの繰り返しになりますが、ここでは、大阪出版社『最新活版印刷業案内』の「活字買入個數比例表」と築地活版の大正14年総数見本を参照しつつ、端物印刷所でも常備しているであろう五号活字を2234字の「基本漢字」とし、2016字が「レア漢字」、5320字程度が「スーパーレア漢字」という具合に呼び分けてみます。大正期の一般的な文章を材料にして漢字の使用頻度調査をした場合、上位2200字程度がここでいう「基本漢字」、以下4000位程度までが「レア漢字」、それより稀なものが「スーパーレア漢字」という位置づけになるという見方です。
2013年に、wakufactoryさんによって当時の「青空文庫」全テキストを対象とした漢字使用頻度調査が行われました(「青空文庫の使用漢字を集計してみた」http://wakufactory.jp/densho/font/aozora/)。その時点の「青空文庫」登録作品に出現した漢字数が7621字で、当時のOradano明朝フォントでは「青空文庫使用頻度上位2000字」のうち「滝」と「從」を除くグリフが表示できていましたが、2300位を下回るあたりから急速に不足グリフが増えてくる状態でした(「青空文庫使用漢字一覧(Oradanoフォントバージョン)」https://wakufactory.jp/densho/font/Oradano/aozora.html)。
「青空文庫使用頻度上位2800字」あたりまでを表示可能にすることを目指していた2017年夏の「Oradano明朝GSRRフォント〈丁酉アップデート〉」テーマ画像を作成する際に、青空文庫版「春と修羅」(https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/card1058.html)を活用しつつ、国会図書館本(https://dl.ndl.go.jp/pid/979415/1/12)を眺めたものでした。
おれはひとりの修羅なのだ
— UCHIDA Akira (@uakira2) August 18, 2017
シン・ゴジラ対Oradano明朝GSRR
Oradano明朝GSRRフォント〈丁酉アップデート〉テスト版配布中
(8月下旬~9月上旬正式リリースに向けて作業継続)
(追加希望漢字等あれば是非お知らせください) pic.twitter.com/6QFkwUnyzw
この〈丁酉アップデート〉の時期に「玻璃」「瑠璃」「琥珀」といった、『春と修羅』に見られる玉部の漢字を幾つかまとめて取り入れています。
大阪出版社『最新活版印刷業案内』の「活字買入個數比例表」で玉部の漢字を見ると、「玻」「珀」「琥」「瑠」「璃」は5字とも常備数3本の「レア漢字」であることが判ります。

同じくこの時期に採録した「諂(諂曲模様)」も「レア漢字」(活字買入個數比例表:https://dl.ndl.go.jp/pid/1017790/1/96)ですが、「堊(白堊紀)」は「活字買入個數比例表」(土部:https://dl.ndl.go.jp/pid/1017790/1/86)に見えず、総数見本帖でようやく掲載される(東京築地活版製造所『昭和十一年五月 改正五號活字總數見本 全』土部: https://f.hatena.ne.jp/uakira/20140202181921)「スーパーレア漢字」扱いになります。
このあたりは皆、初校の時には「〓」で組まれていたものと思われ、また端物を扱う小さな活版印刷所には用意されていないのが当たり前というべき活字と言ってよい漢字だというのが、いまの私の考えです。
いわゆる漢字ではありませんが、「蠕蟲舞手」の「エイト」「ガムマア」「イー」「スイックス」「アルファ」もまた(https://dl.ndl.go.jp/pid/979415/1/34)、端物を扱う小さな活版印刷所には用意されていないのが当たり前というべき活字だったことでしょう。
『春と修羅』初版本の組版の乱れ
国会図書館本で『春と修羅』初版の「オホーツク挽歌」を見ると、3行目末尾「瑠璃液だ」のところで四分スペースが浮いてしまった状態で印刷されています(228頁:https://dl.ndl.go.jp/pid/979415/1/120)。「レア漢字」である「瑠璃」の字が無くてゲタで組んでいたものを「瑠璃」に差し替えた際に四分スペースを十分に下げ切っていないことに気づかないまま本番の印刷を迎えてしまったのかな――などと想像してしまいます。

一方、国会図書館本『春と修羅』初版の「東岩手火山」には多くの「飛び出し四分スペース跡」があり、149頁の8行目「月-光」9行目「で-す」(https://dl.ndl.go.jp/pid/979415/1/80)、158頁最終行「の-雲」と159頁6行目「鋼-青」(https://dl.ndl.go.jp/pid/979415/1/85)、――といった具合に、必ずしも「レア漢字」「スーパーレア漢字」の近傍でだけ「飛び出し四分スペース跡」が見られる訳ではありません。
国会図書館本『春と修羅』初版では、この他に「銅線」144頁5行目「たう-たう」(https://dl.ndl.go.jp/pid/979415/1/78)、「瀧澤野」145頁8行目「四-角」(https://dl.ndl.go.jp/pid/979415/1/78)、「青森挽歌」226頁4行目「あ-いつ」(https://dl.ndl.go.jp/pid/979415/1/119)――といった、「飛び出し四分スペース跡」らしきものが見られます。
また、これは組版が乱れているというわけではありませんが、「小岩井農場」を見ると四号の角ゴシック活字ではカタカナの「パ」が一本しか持ち合わせていなかったと見えて同一ページに「パート五」「パート六」「パート七」が並ぶ国会図書館本95ページでは3か所中2か所で四号明朝の「パ」が使われているところなど(https://dl.ndl.go.jp/pid/979415/1/53)、大正活版所の規模感や印刷手順を考える上でとても貴重なものに感じられます。