日本語練習虫

旧はてなダイアリー「日本語練習中」〈http://d.hatena.ne.jp/uakira/〉のデータを引き継ぎ、書き足しています。

津田三省堂の8.5ポイント楷書活字 ― ピンマーク2種

先日ネットオークションで2千数百本と思われる9ポイント楷書活字(と60本程度の6ポイント楷書活字、その他)とスダレケースがセットで格安に出品されていたのを入手することができた。

活字の数量と内訳は到着してから数えたもので、実は届くまで「活字は付属しません」という注意書きに気づいていなかった可能性があると少し心配していた(それでも諦めてしまえるほどの低価格落札だった)。

まだ細かく吟味できたわけではないのだけれど、菓子箱にまとめて入っていた活字の山について、とりあえずサイズ別の整理と仮名・漢字・その他への大雑把な仕分けを実施してみたところ、非常に興味深い4本の活字が混ざっていることに気がついた。

手触りが他の9ポ楷書よりも若干小さい。マイクロメーターで計ってみると、8.5ポイントだった。新聞活字として以外の局面で8.5ポイント活字が使われた可能性があるとは驚き以外の何物でもないのだけれど、それはさておき。

文字面の方から写した写真がこれ:

津田三省堂の8.5ポイント楷書活字4本(文字面正面/反転なし)

この「鈑」「市」「蒲」「椰」という4本の楷書活字を、こうして文字面側から眺めると、「鈑」がベントン母型を用いて鋳造された活字で、「市」「蒲」「椰」が原寸直彫からの電胎母型による活字だろうと思われる。

今回は、これを「鈑」「市」グループと「蒲」「椰」グループに分けて扱うことにしたい。その理由は活字ボディー側面から写した写真に見える特徴による。

津田三省堂の8.5ポイント楷書活字4本(ボディー側面)

並び順は、文字面側写真で上から下に並んでいたものが、そのまま左から右へ「鈑」「市」「蒲」「椰」になっている。「蒲」と「椰」だけ、ネッキが複数で、かつピンマークが刻印されていることがお分かりいただけるだろうか。

津田三省堂の8.5ポイント楷書活字「蒲」に刻まれたピンマーク(三)

活字「蒲」には、津田三省堂のシンボルである三本線が刻まれている。

津田三省堂の8.5ポイント楷書活字「椰」に刻まれたピンマーク(T)

活字「椰」には、アルファベットの大文字「T」が刻まれている。

津田三省堂の多くの資料では「三本線」のみが掲げられており、一方でアルファベットの大文字「T」を商標に用いた活字製造販売事業者は複数存在した。けれども、自分が知る限り1点、桑山書体デザイン室所蔵の津田三省堂『割出シ數量入 活字適要錄』(刊年未詳)が「○にT」を掲げていること、また同一活字書体(少なくとも「市」「蒲」「椰」は同じだろう)と推定され一式で出現した活字群であること、――この2点から「椰」も津田三省堂製と推定したものだ。

実は老眼が年齢相応に進んでいるため、ピンマークに意味のある模様が刻まれていることに肉眼では気づかず、念のためと思って顕微鏡モード搭載のコンパクトデジカメOlympus TG-5で写真を撮ってみて初めて内容の重大性に気がついた。

もし「鈑」「市」も津田三省堂製で間違いないとすると、①カスチングで鋳造された「三本線」マークの電胎母型活字、②カスチングで鋳造された「T」マークの電胎母型活字、③自動鋳造機による電胎母型活字、④自動鋳造機によるベントン母型活字、という4世代(①②が同世代だとすると3世代4種、①②が異世代だとしても前後関係は未詳)が一堂に会しているわけで、とても感慨深い。