入稿原稿風の朱書きが見られる複製原稿風に作られた、大正4年の年賀はがきかと思われる、巌谷小波『兎の車』というのを入手しました。
原稿用紙を再現したらしく見える内容で、天には罫線と同じインクで「小波用紙」と刷られています。そこに「【注意】新仮名遣の事」という朱書き。
なるほど本文では「兎わ」と主題を示す格助詞「は」が「わ」と綴られる、明治38年式の仮名遣いが用いられています。
こうした印刷所(文選工)への注意書きや、フリガナの朱は編集者が書き入れたものという体裁。
この複製原稿風に作られた面の右余白には、活字で「大正四年一月一日」と印刷されています。
オモテ面を見ると、「大正4年1月1日」付、高輪郵便局の消印が押してあります。「逓信省発行」、「印刷局製造」の活字は、「篆書ゴジック」の仲間と言っていいのか、他の活字書体になるのか、はたまた「活字」では無いのか。
それはさておき。
この、いかにも入稿原稿の複製原稿風に作られた巌谷小波『兎の車』なのですが、実際に何かの媒体で発表された文章の冒頭部分になるのでしょうか。あるいは、卯年の年賀はがき用に作られた全くの企画品なのでしょうか。
巌谷小波は、「小波用紙」という専用の原稿用紙を実際に作成して普段の仕事に使っていたのでしょうか。
逓信省は、このように絵葉書類とは異なる企画もの年賀はがきを他にも作成していたのでしょうか。
巌谷小波に限らず、ぼーびき仮名遣いなど明治末期の仮名遣いを反映させた原稿は、一般的に、印刷所への入稿時に「新仮名遣注意」といった朱書きがつけられていたのでしょうか。実例が残っていたりするのでしょうか。
色々と気になることがたくさんあるのですが、手がかり、糸口が見つかりません。ご存じの方、ご教示ください。