日本語練習虫

旧はてなダイアリー「日本語練習中」〈http://d.hatena.ne.jp/uakira/〉のデータを引き継ぎ、書き足しています。

フランス国立印刷所のDidotミリメートル式ポイント活字が謎すぎる

横浜開港資料館で開催された平成30年度企画展「金属活字と明治の横浜」の準備を手伝わせていただいた際、小宮山博史コレクションの至宝の1つ『フランス王立印刷所活字見本帖 Spécimen typographique de l'Imprimerie royale』(1845刊)を間近に拝見する機会を賜った。豪壮な造りも素晴らしいのだけれど、個人的に驚いたのが「王立印刷所のタイポグラフィ・ポイント:メートル法に基づく」と題された図表 https://twitter.com/uakira2/status/1038788070709940224/photo/1 だ。王立印刷所のポイントスケールとして「250ポイントは100mmに等しい」と示されている。つまり1ポイントが0.4mmである。

王立印刷局のミリメートル式ポイントスケール図

上記図版の全体像は、フランス国立図書館デジタルアーカイブGallicaで閲覧することができる(https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k1040497z/f306.item.zoom https://gallica.bnf.fr/view3if/?target=https%3A%2F%2Fgallica.bnf.fr%2Fiiif%2Fark%3A%2F12148%2Fbpt6k1040497z%2Fmanifest.json&page=306&app=ga)。

ナポレオン時代の名称に基づく帝室印刷所の所史『Histoire de l'Imprimerie impériale de France』257頁あたりに、当時の主任技術者だったFirmin Didot(いわゆる「ディドー・ポイント」を確立したFrançois-Ambroise Didotの子)が1811年に活字改革を提案し承認され、1812-1815年に「millimétrique」というローマン体・イタリック体あわせて13種類(の大きさ)の活字を作った――というようなことが書かれているのだけれど、その「millimétrique」というのは「ミリメートル式」ポイント活字という話であるらしい。

革命後に王立印刷所を引き継いだ国立印刷所(l'Imprimerie Nationale)の、この独自の活字ポイント単位は「INポイント」などと呼ばれていて、詳細な注釈と共に各種「ポイント」が概説されている英語版Wikipedia「Point (typography)」という記事では「The French National Print Office adopted a point of 2/5 mm or 0.400 mm in about 1810 and continues to use this measurement today (though "recalibrated" to 0.39877 mm).」という説明文に対してJames Mosley「French academicians and modern typography: designing new types in the 1690s」を典拠とする次の注釈がつけられている。

The point in current use at the Imprimerie Nationale measures 0.39877 mm. This appears to be the result of a 'recalibration', for which no date can be given, of the point of 0.4 mm.

開港資料館で見本帖の前掲図表を計らせていただいたところ「100mm」と表示されているスケールは実測100mmであるように思われたものの、1ポイント0.4mm(250ポイント100mm)なのか、1ポイント0.39877mm(250ポイント99.6925mm)なのか、断定できるレベルの精密な測定を施したわけではない。

先日BLオンデマンドでJames Mosley「French academicians and modern typography: designing new types in the 1690s」(1997年Typography papers 2号)を取り寄せたのは、上記注釈の前後に更に詳しい事情が書かれていたりしないものかどうかを知りたかったからなのだけれども、「recalibration」についての具体的な話は書かれていないのだった。


このMosley 1997に続いて、Andrew Boag「Typographic measurement: a chronology」(1996年Typography papers 1号)もBLオンデマンドで取り寄せた。

3年ほど前、18-19世紀の欧米における活字サイズの標準化の歴史を知りたいとあれこれ調べていた際、参考資料として山本太郎さんから英語版Wikipedia「Typographic unit」の参考文献を薦められていた。Boag 1996はその筆頭に示されているのだけれども、「BLオンデマンドでのお取り寄せ」が可能であるといったアクセス方法を先日まで知らなかったため、今まで読めずにいた。

過去の活字の開発史において、フルニエ、ディドーなど様々な「ポイント」システムの提唱をはじめ、活字の大きさを示す方法を標準化しようとする動きが幾つもあった。Boag 1996は、その各種の提案、議論、実情等を記録したテキスト類を、1683年(Moxon『Mechanick exercise』)から1996年(ISO/IEC 9541-1以降数年の――写植を経てデジタル活字の時代に至る――業界状況)まで、編年式に示したものだ。

以下、個人的なメモとして、「ミリメートル式ポイント活字(millimétrique)」に関する言及をBoag 1996から拾い出しておく。

Boag 109頁「ナポレオンが帝室印刷所(l'Imprimerie impériale de France)に対して活字新鋳を要請し、(帝室印刷所の技術者だった)Firmin Didotがミリメートル式活字を提唱した。」このミリメートル式については次のような言及がある。

「Hoch (1972b)に曰く:(Firmin)Didotは父のシステムにおける「ポイント」を0.4mm単位へと変更したが、これは父の精神を曲げるものではなく、父のアイディアを受け継ぎ「王のインチ」基準からメートル法基準へ適合させることを試みたものだ」

「自分(Boag)が目にしたDidotのミリメートル式活字について記された文献においては、その1ポイントを0.4mmと記すか、大きさの言及がないか、そのどちらかであった。しかし国立印刷所の幾つかの文書は、実際には「0.25mm」ポイントによって9ポイントから52ポイントの大きさが刻まれたことを示している。「52ポイント・ボディー」は13mmとなり、現在のINで「ディドー・ポイント」として使われている大きさである0.39877mmでこれを割ると、32.6ポイントとなる。この「52 Didotミリメートル式ポイント」は、つまり36 父Didotポイントに等しい。」

「この〈0.4mm式ポイント〉を巡る混乱は、他のあらゆるところで0.376mmとして通用しているDidotポイントについて、0.4mmであることを志向しつつ実際には0.39877mmである(Grinevald, 1990参照)ところの独自のDidotポイントを国立印刷所が使い続けていることに、由来する。」


最後の参考文献の書き手であるGrinevaldは、国立印刷局図書館の元学芸員で、2005年からフランス経済金融史委員会図書館長を務めているのだという(https://data.bnf.fr/fr/12080812/paul-marie_grinevald/)。このテーマについて信頼できる書き手だろう。というわけで、手ごろな価格の古書が出ていたので1990年IN版の『Les caractères de l'Imprimerie Nationale』を入手した。Grinevald「Celui qui excellera dans les sciences de l'écriture brillera comme le soleil」は同書の23-28頁で、27頁から28頁に跨るところで、問題のINポイントについて書かれていた。

Les caractères, alliage de plomb, d’antimoine et d'étain (environ 84 %, 12 % et 4 %), étaient fondus à l'aide d’un moule à arçon (système manuel des origines) mais plus généralement depuis le xix siècle à l’aide de fondeuses mécaniques. Ils ont tous la même hauteur qui est de 23,56 mm, dite << hauteur papier >>. Leur dimension prise perpendiculairement à la ligne d’impression s’appelle le corps, calculé en points typographiques. La valeur du point, établie une première fois en 1763 par Fournier le Jeune, est fixée en 1755 par François-Ambroise Didot. Le point Didot a une valeur égale à ⅙ de la << ligne >> de << pied de roi >>, soit 0,375 9 mm (les Anglo-Saxons ont un point, le pica, de 0,.351 mm). L’imprimerie impériale avec Firmin Didot devait appliquer les nouvelles ordonnances du tout récent système métrique et avoir ainsi un point de 0,4 mm. Un erreur dans l'étalonnage fit que le point IN est réellement de 0,398 77 mm. Un corps 13 mesure 13 fois le point typographique.

実質的にはたった一言「キャリブレーションのエラーにより、INポイントの実寸は0.39877mmとなった」と書かれているだけで、期待したような根拠が示されているわけではなかった。

こうなると、Boagが「国立印刷所の幾つかの文書は、実際には「0.25mm」ポイントによって9ポイントから52ポイントの大きさが刻まれたことを示している。」と記した、その「国立印刷所の幾つかの文書」とやらを探し当ててみないことには収まりがつかない。

手はじめに『LEXIQUE』2002年版116-117頁に記されている「Mesures typographiques」の項を参照すると:

Les imprimeries privées, en France, utilisaient, en fonte chaude, le point typographique créé par F.-A. Didot en 1775.
Le point didot mesure 0,.75 9 mm, soit environ ⅜ de millimètre.
Son multiple, le cicéro (ou douze), vaut 12 points.
Un mètre contient 2 660 points didot (1 mm = 2,66 points).
Après les travaux décidés par l'Assemblée constituante en 1790 concernant la détermination de la longueur du mètre et l'élaboration du système métrique, Didot voulut modifier son << point >> et créa le point métrique qui fut adopté par l’Imprimerie nationale.
Le point métrique représente exactement 0,4 mm.
Un mètre contient 2 500 points métriques (1 mm = 2,5 points).
Cette mesure ne put s'étendre à toute l’imprimerie car son adoption eût entraîné un changement complet du matériel utilisé par l’industrie privée, ce qui était impensable à l'époque. L’Imprimerie nationale, qui possédait sa propre fonderie, put effectuer l'opération.
A la suite d’un fâcheux concours de circonstances qui se produisit au début du siècle dernier, le << point IN >> (dit métrique) se trouva dans la pratique ramenée à 0,398 77 mm.

最後の1文によって、どうやら20世紀初めに「INポイント」の訂正が施されざるを得なかったらしく見えるのだけれども、具体的にどういった事情が生じていたのかは不明なままだ。

『LEXIQUE』の古い版を次々遡っていけば、いつか何かが判るだろうか。あるいは、フランス国立公文書館の「Imprimerie nationale (1656-1952)」アーカイブhttps://francearchives.fr/findingaid/3f121a03c10c276de0a643d7842e566bcfcfdb3f)を掘ってみなければならなくなるのだろうか。

コロナ禍下でなかったとしても、そろそろ超えられない壁に突き当たりつつあるようだ。フランスは余りに遠い。