日本語練習虫

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高木元「『浮雲』 書誌」の〈組版書誌〉に寄せて

去る3月31日付での印刷・発行扱いで、立命館大学国文学研究資料館「明治大正文化研究」プロジェクト編『研究成果報告 近代文献調査研究論集 第二輯』(asin:9784875921851)が刊行された。前半に作品研究が4本、後半に書誌研究が3本収録されているのだけれど、書誌研究のうちの1本として「近代日本の活字サイズ――活字規格の歴史性(付・近代書誌と活字研究)」という表題のテキストを掲載していただいている。
このテキストは、昨年12月23日に開催された立命館明治大正文化研究会において発表した近代日本の活字サイズ 神話的・「伝統的」・歴史的」を改題し独立した文章として纏めたもので、近代日本語活字の歴史研究というフィールドで、板倉雅宣『号数活字サイズの謎』(2004年、asin:4947613726)や山本太郎タイポグラフィにおける文字の大きさに関する考察」(2007年、『タイポグラフィ学会誌01』)などからの進展を目指している。大学図書館などにあてて配布されることとなる模様で、もしも身近に接せられるようであれば、ご高覧ご批正を賜りたい。



副題の末尾に括弧書きしている「近代書誌と活字研究」は、本論のあとに滑り込ませた断章形式のメモあるいは手紙のようなテキストで、このうちの1つは敬愛する高木元先生にあてたレスポンスとなっている。
このところ、近代書誌あるいは分析書誌が扱う事項のうち活字・組版の記述を取り出して「組版書誌」と(暫定的に)呼んでいるけれど、この「組版書誌」に関して(可能ならば高木先生も交えて)読者諸賢と共に議論を深めたい事柄であるため、注釈フォーマット・番号と図版番号を論集から〈はてダ〉用に改め、またWebエディションとしてリンクを増強したものを、下記に掲げておく。

青葉ことばの会編『日本語研究法〔近代語編〕』(おうふう、二〇一六、asin:9784273037833)に、高木元氏による「『浮雲』 書誌」という極めて詳細な書誌が掲載されている*1
高木氏の「そもそも書物とは本文テキスト(文字列)だけが問題なのではなく、表紙の色や使われている材質、その装訂の意匠、手に取った時に感じる重みや感触、使用されている紙の質感や厚み、板面の字詰めや行間の空き、使われている活字の美しさ、インクの匂い、印圧に拠って生じた凹み等々、まさに五感を駆使してモノとして書物と対峙することなしに〈読書〉という行為は成立しないのである。」という動機に支えられて記された「『新編浮雲』 第一篇 」書誌の「組版」の項目に、「二葉亭四迷浮雲はしがき」は東京国文社楷書四号活字、23字詰×9行、字間ベタ、総ルビ。春の屋主人「浮雲第一篇序」は弘道軒清朝四号と東京国文社五号仮名との組み合わせ、30字詰×11行、字間ベタ。目録・本文は東京国文社四号明朝活字、23字詰×11行、字間二分アキ、総ルビ。広告は東京国文社五号明朝活字、36字詰×23行、ベタ組み。」とある。
国会図書館デジタルコレクションでは、国会図書館「特52-703」本に広告が見当たらないので、他の部分の活字について気がかりな事柄を、志を同じくする者の間での相談のために記す。「浮雲はしがき」に使われた活字のボディー寸法は弘道軒清朝四号*2相当(六・一四ミリ)で、漢字活字の「書体」は弘道軒清朝四号。仮名の「書体」は複数系統が混在するように思われるが、筆者の知見では未詳とせざるを得ない。また春の屋主人「浮雲第一篇序」の序文本体に使われている活字のボディー寸法は弘道軒清朝五号相当(四・六三ミリ)で、漢字活字の「書体」は弘道軒清朝五号。仮名の「書体」は(紙幣局‐印刷局の古い五号活字の流れを汲む)国文社の五号仮名で、「活字」としてはこれを清朝五号サイズのボディーに鋳込んだものであろう。本文については高木氏の記載通りと思われる。
大正から昭和初期にかけて、新聞活字が次々に小さくなっていくことに対応するため、例えば秀英舎の場合「小振りな字面で作った六号活字」の活字母型で「六号ボディー(七・七五ポイント相当)」の活字と七・五ポイントボディーの活字、七ポイントボディー活字の三通りの活字を鋳造したようである。また、関東大震災以後昭和一桁半ばまでの築地活版が用いた五号活字には、十ポイント活字と共通の母型――筆者はこの仮名書体をいわゆる「後期五号」の次の世代のものとして暫定的に「復興五号」と呼んでいる*3――を使っていた模様である。
この「秀英六号母型」活字や「築地復興五号母型」活字、あるいは『新編浮雲』や、吉岡書籍店の「新著百種」シリーズ第一号および第二号などに見られる国文社/田口高朗印刷の清朝五号サイズの活字のように、活字ボディーと活字「書体」が一体化していないような活字を用いた印刷物の書誌を、どのように記すのが良いだろう。高木氏の「『浮雲』 書誌」のように「弘道軒清朝四号と東京国文社五号仮名との組み合わせ」という書き方では、【図】右側の「博聞本社」広告のように異なるサイズの活字が組み合わされている本文組の状態を記したように思われないだろうか。

このようなケースでは、複数サイズ混在の本文組と区別するため、従来から「組版」の情報を記載する際に使われていた、「明朝N号活字、M字詰×L行、字間○○」のように「活字サイズ、文字組」の順に記した上で補足的に「書体」について言及する方が好ましいのではないだろうか。つまり、「『新編浮雲』 第一篇 」書誌を例にとると「二葉亭四迷浮雲はしがき」は清朝四号活字、23字詰×9行、字間ベタ、総ルビ、活字書体は東京国文社楷書四号。春の屋主人「浮雲第一篇序」は清朝五号活字、30字詰×11行、字間ベタ、本文活字書体は弘道軒清朝五号と東京国文社五号仮名との組み合わせ。目録・本文は四号活字、23字詰×11行、字間二分アキ、総ルビ、活字書体は東京国文社四号明朝。広告は五号活字、36字詰×23行、ベタ組み、本文活字書体は東京国文社五号明朝。」という具合になるのだが、如何だろうか。

*1:例によって高木元氏のサイト「ふみくら」にGNUフリー文書としてアーカイブされている。〈http://www.fumikura.net/other/ukigumo.html

*2:東京国文社が独自規格の「楷書活字」を作っていたとは思われず、弘道軒清朝の号数で示すべきと考える。

*3:内田明「大正・昭和期の築地系本文活字書体」(『タイポグラフィ学会誌08』〈二〇一五〉所収)