日本語練習虫

旧はてなダイアリー「日本語練習中」〈http://d.hatena.ne.jp/uakira/〉のデータを引き継ぎ、書き足しています。

「BBQのウマさマズさ」問題

これは引っ掛け問題に見えて難しい問題を含む奇妙な問題なんだども。
まずは下の画像をご覧いただきたい。

たぶん、日本語を理解する中学生以上のほとんど全ての方が、「ばーべきゅーのうまさまずさ」と読まれるんぢゃないかと思ふ。画像を作った己も、さう読まれることを期待して、文字を並べてゐる。
上記画像を「底本に忠実」を第一原則として「JIS X 0208」で「プレーンテキスト」にする場合――つまり青空文庫方式で電子テキストを作成する場合――、「BBQのウマさマズさ」と入力するだらう。「0201」と併用してよいなら「BBQのウマさマズさ」。書体の情報は捨象されるし、捨象してよいし、捨象されるべきである。
ところで上記画像の作成に際して己が実際に並べた文字は、コプト文字B、リシア文字B、グルジア文字ON、平仮名の、片仮名ウ、片仮名マ、平仮名さ、片仮名マ、片仮名ズ、平仮名さ――である。コプト文字Bリシア文字Bグルジア文字ONは、ユニコードコンソーシアムのサイトにあるコード表PDFから切り出した。
といふ裏話を知ったら、上記画像を「底本に忠実」を第一原則として「JIS X 0208」で「プレーンテキスト」にする場合、どうするだらう。
コプト文字やリシア文字、グルジア文字が「JIS X 0208」に存在しないから外字扱ひ?
いやいや、日本語文脈でラテン文字の代りに使はれたことが明らかだからラテン文字で電子翻刻する?
前者の場合、どんな注記をする? しない?
後者の場合、転字の注記をする? しない?
上記の文章が画像で示されてゐて、画像製作者による裏話が披露されてゐなければ、己なら何も悩まずに前述のラテン文字で電子翻刻する。画像製作者による裏話が披露されても、ちょっと悩んだ末に前述のラテン文字で電子翻刻する。転字注記すべきかどうか関係者に相談するかもしれない。
では、上記文章の「底本」がユニコードで符号化されたデジタルデータだった場合、どうするか。印刷されたデータ(画像データ)と全く同じ扱いが出来るか、さういふ扱ひをしてよいか……。
引っ掛け問題に見えて難しい問題を含む奇妙な問題と称した所以である。
さて、『7ビット及び8ビットの2バイト情報交換用符号化漢字集合』の日本工業規格、つまりJIS漢字規格は、「日本語の表記などについて、何らの基準を与えるものでも、制限を与えるものでもない」ので、JIS漢字を使って「ー杯のヵヶ蕎麦」といった表現をしても良いし、顔文字やギャル文字でコミュニケーションを行ふことも自由である。同様に印刷された《「こ・か・が」と読み片仮名ケの姿によく似た文字》を電子翻刻する際、ケにせよともヶにせよとも言はないし、ケにするなともヶにするなとも言はない。
芝野先生が「オレの予定ではかうだった」といふ脳内ルールに関する講演をなさる筈などあるわけがないので、講演会参加者で“ケヶ問題”を本当にどうにかすべきと考へる関係者のすべてが、実際に印刷されて目の前にある規格票の文言についての理解を一にした上で権威者に頼り切らずに“ケヶ問題”に関する取り扱ひを判断されることを切に願ふ。
もちろん、参加者の誰も本気でどうにかすべきと考へてゐなかったといふことが明らかになるなら、それはそれで良い。
ところで、私は日曜活字書体史研究者を自称する野良研究者なんだども、まだまだ研究者として駆け出しだといふこともあり、近現代の日本語活字の総数見本の類で《どう見ても片仮名「ケ/ヶ」に見える姿をした漢字》といふのを見たことがない。ご存知の方がゐらしたら、是非ともご教示くださるようお願い申し上げる。
本当に残念ながら講演会を拝聴しに行くことが出来ない己。講演記録が公開されることをトーホク゚の片隅で静かに祈る。