旧twitterがXになり、「モーメント(Moments)」機能でまとめたメモの閲覧もできなくなってしまったのが自分にとって想像以上に不便である――twilogのキーワード検索では「流れ」や「塊」がうまく拾い出せなかったりする――ので、標記モーメント(https://twitter.com/i/moments/948830781601849344)を2018年1月の
そういえば、2008年に「近代書誌・近代画像データベース」で「与謝野晶子自筆原稿」として公開されることになった『新新訳源氏物語』http://school.nijl.ac.jp/kindai/SKIY/SKIY-00001.html#1 資料群、自館所蔵資料じゃないから国文研としてCC-BY公開「じゃない」ので所蔵元に確認せよという扱いになることは理解するんだけど、…
https://x.com/uakira2/status/948709064833290240
…新新訳源氏「与謝野晶子自筆原稿」を所蔵する堺市側の告知 http://city.sakai.lg.jp/kanko/bunka/yosanoakiko/picture.html には「(国文研との)連携によりデジタル画像化し、同館のウェブサイトにおいて公開しています」「データベースの利用にあたっては、利用規定を遵守していただき、違法な利用を行わないようお願いいたします。」…
https://x.com/uakira2/status/948710001043898370
…「公開する画像は、『新新訳源氏物語』や『蜻蛉日記』の現代語訳の自筆原稿で、原稿には推敲の跡が多数留められています。古典文学を現代によみがえらせてゆく与謝野晶子の創作の現場をご覧いただき、晶子の古典翻訳についての研究・理解を深めていただければ幸いです。」とあるので、…
https://x.com/uakira2/status/948710253188689920
…引用として画像を添付することは構わないだろうと判断し、「桐壺」1コマ目へのリンク(https://t.co/qI7cWNbhZL)と共に、貼ってみる。 pic.twitter.com/Y7Ava8IR6h
— UCHIDA Akira (@uakira2) January 4, 2018
この新新訳源氏「桐壺」他の「与謝野晶子自筆原稿」を見ると、例えば2010年に当時の「堺市立文化館 与謝野晶子文芸館」で開催された「与謝野晶子 生涯と作品」https://sakai-bunshin.com/event_shousai_tenji.jsp?pageNo=16&id=449837 で展示されたらしい「自筆原稿『故郷と父母』」のような、入稿原稿に見られる筈の朱筆類が全く見られない他、
https://x.com/uakira2/status/948713009941069825
入稿原稿は(おそらく草稿を元に)浄書された状態で入稿されていると見えるのに対して、堺市による(『新新訳源氏物語』や『蜻蛉日記』の現代語訳の)「与謝野晶子自筆原稿のデジタル画像公開」告知文 http://city.sakai.lg.jp/kanko/bunka/yosanoakiko/picture.html にも「原稿には推敲の跡が多数留められています」と記されている通り、
https://x.com/uakira2/status/948713782330646528
原稿用紙のマス目に書かれた部分に見せ消ちの跡や挿入の跡、更に欄外余白への大量の書き込みなど、内容的には「草稿」であることが色濃く示されている。この与謝野晶子の自筆資料を「画像データベース化して公開する」仕事に携わった方のブログ記事で、ご自身の地の文では「草稿」と呼ばれ、
https://x.com/uakira2/status/948714783540355072
相手側の呼称を用いる局面で、相手側呼称の「与謝野晶子自筆原稿」が用いられる、http://genjiito.sblo.jp/article/178934926.html そうならざるを得ないところが感慨深い。
https://x.com/uakira2/status/948715244867567617
市の告知・広報のように、広く一般に向けて情報を発信する局面では、何かある作品のために作家自身によって書かれたモノのことは「原稿」と呼ばなければ受け手に伝わらない、そういう信仰・信憑があるということなのだろう。
https://x.com/uakira2/status/948716140477362177
「草稿」では何のことだか理解されないという判断なのか、ありがたみが薄れるというような判断なのか、そのあたり、実際のことろ、どうなのだろう。また、本人によって直接手書きされたものの場合、「自筆資料」では「原稿」や「草稿」とは違う何かを指すことになってしまうのだろうか。
https://x.com/uakira2/status/948716644636897282
せっかくなので国文研の近代書誌・近代画像データベースの「草稿」を検索してみたところ。大阪大学附属図書館小野文庫所蔵の「忍頂寺務自筆草稿」という資料に行き当たった。7点ほどの小文が「忍頂寺務自筆草稿」という1つの資料に纏められているのだけれど、http://school.nijl.ac.jp/kindai/OSON/OSON-00265.html#1
https://x.com/uakira2/status/948719075391291392
このうちの忍頂寺宝山人「伊勢音頭の曲名」http://school.nijl.ac.jp/kindai/OSON/OSON-00265.html#59 には全紙にわたって組方指定の書き込み(表題四号活字、著者名五号、本文9ポ、引用文と割注が六号)があり、これだけは「草稿」ではなく「入稿原稿」であるらしいことが見て取れる。
https://x.com/uakira2/status/948719841854177280
忍頂寺宝山人「伊勢音頭の曲名」の「入稿原稿」一枚目 https://t.co/XkWtbndy2i 右下隅に「初校/金曜〓〓」と書かれているのも、この原稿にしたがって組版を完成させ、「金曜までに(?)」初校を上げよ、という指示の書き込みなのではないか。 pic.twitter.com/cepmmjvcMt
— UCHIDA Akira (@uakira2) January 4, 2018
ともあれ。国文研で公開されている、鞍馬寺所蔵の与謝野晶子自筆資料のうちの1つ、「あとがき」http://dbrec.nijl.ac.jp/BADB_KURM-00033 について。近代書誌・近代画像データベースの「蔵書印・書込等」の欄には【1枚目余白に『与謝野晶子歌集』と赤ペンで書き入れあり】とだけ書かれているのだけれども。
https://x.com/uakira2/status/948734020094902272
画像 http://school.nijl.ac.jp/kindai/KURM/KURM-00033.html#1 を見る限り、正確には【1枚目右余白に『文庫「与謝野晶子歌集」』と赤ペンで書き入れあり】かつ【1枚目上余白に『(改丁)/ _8ポ43×15_ / _柱_あとがき_』と赤ペンで組方指定の書き入れ】更に【表題「あとがき」の箇所に『12ポ、二分アキ、三行』】と赤ペン以下同文。
https://x.com/uakira2/status/948735879379480576
この欄外朱書きに、正確には『文庫「与謝野晶子歌集」』と記されている通り、これは昭和18年に岩波書店から出版された岩波文庫版『与謝野晶子歌集』http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1128145/152 のことと考えて、内容的にも間違い無いだろう。
https://x.com/uakira2/status/948740206219337729
鞍馬寺所蔵【「岩波文庫『与謝野晶子歌集』あとがき」入稿原稿】の2枚目に「書肆の編輯部の長谷川氏」と書かれ、http://school.nijl.ac.jp/kindai/KURM/KURM-00033.html#2 刊本では「長谷川覚氏」http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1128145/153 となっている、当時岩波文庫編集者で後に角川文庫創刊スタッフとなる長谷川氏が、この組方指定の書き入れ主か。
https://x.com/uakira2/status/948741570727067648
先ほど記した通り、表題「あとがき」は刊本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1128145/152 でも組方指示通り12ポ二分アキ三行取りで刷られているが、天に配置予定だった「あとがき」の柱は無くされ、また何より「あとがき」本文が1頁8ポ43字詰め15行から、9ポ37字詰め(ベタ組)×11行(9ポ全角アキ)に変更されている。
https://x.com/uakira2/status/948743258946981888
これはおそらく、ゲラ刷りを元に細かな校正を入れる際に、組体裁まで変更したもの、ということになるのだろう。
https://x.com/uakira2/status/948743553441673216
『与謝野晶子歌集』担当編集者の長谷川覚が岩波文庫編集者から角川文庫編集者へ転身した、という話は『岩波書店八十年』https://shashi.shibusawa.or.jp/details_nenpyo.php?sid=14340&query=&class=&d=all&page=108 や(漱石全集の編纂過程で参照された)小宮豊隆日記 http://www008.upp.so-net.ne.jp/hybiblio/11_00.htm、そしてNDLリサーチナビ「本の万華鏡」https://rnavi.ndl.go.jp/kaleido/entry/post-126.php による。
https://x.com/uakira2/status/948745049717665792
近代書誌・近代画像データベースで公開されている鞍馬寺資料に、「記載本不明/原稿用紙(印刷は緑)/文末に「一九五六年師走」と記載あり」と補記されている、石井柏亭の「窓から見た風景」という資料がある。文字サイズや字詰め・行数等の指定は無いが、
https://x.com/uakira2/status/948819646441861120
…原稿用紙1枚目 http://school.nijl.ac.jp/kindai/KURM/KURM-00036.html#1 右側余白に「口絵下一段に組む」という組方指定が赤ペン書きされているから、これも入稿原稿なのだろう。問題は、「記載本不明」とされている通り国会図書館サーチ等で情報が引っかからない点なのだけれど、美術書院1957刊『石井柏亭』や、
https://x.com/uakira2/status/948820365358243841
中央公論美術出版1971刊『柏亭自伝』など *ではない* と、明確に確認されていているのだろうか。機会があったら念のためチェックしておきたい。
https://x.com/uakira2/status/948820773849907205
同じく鞍馬寺所蔵資料の、与謝野晶子「秋山抄」自筆原稿。「記載本不明/自筆原稿(神楽坂山田製の原稿用紙)」の補記あり。初出の可能性がある刊本が出現した場合、原稿用紙1枚目 http://school.nijl.ac.jp/kindai/KURM/KURM-00038.html#1 上部余白に朱筆書きされている「一頁より三頁迄に組む」という注意書きや、
https://x.com/uakira2/status/948822198210342912
原稿 http://school.nijl.ac.jp/kindai/KURM/KURM-00038.html#1 各所に黒ペン(または鉛筆)で記されている「4」(表題:四号活字)「5」(著者名:五号)「_9_」(本文9ポ)「_6_」(添え書き:六号)という組方指示の書きつけがあること、
https://x.com/uakira2/status/948823521739792386
更に原稿1枚目の左上隅に「5」、2枚目「6」、3枚目「7」http://school.nijl.ac.jp/kindai/KURM/KURM-00038.html#3 のゴム印があるのでひょっとすると掲載時には「一頁から三頁」ではなく5頁から7頁に変更されているかもしれないこと、などが判断材料になるだろう。(近代書誌・近代画像データベースの登録情報に諸々追記されたい。)
https://x.com/uakira2/status/948824267918946304
以上は「入稿原稿の「組方指定」または「組版指定」の歴史を眺める」(2018-01-06)からリンクしていたモーメントを元ツイート履歴から再構成したものです。


















































