日本語練習虫

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築地「ポイント系」五号の用例を探した一年

正月を迎え、今年こそは明治初期案件に取り掛かるというつもりでいたはずなのに、魔導書の指し示すまま大正10年代から昭和ヒトケタの界隈へ寄り道せざるを得なくなった己。
数年前に東北大学附属図書館の北青葉山分館に籠って明治中期から昭和初期の教科書類を漁ってみた際、その時期の丸善が大量の教科書を出版していて築地活版と秀英舎(日清印刷含む)、東京印刷他で印刷を分け合っていた模様であることに気づいていたので、「東北大のOPACで得られる《出版者=丸善》の資料のうち、近代デジタルアーカイブで奥付が確認できるもの」リストの作成を進めていた。
三月に入り、国家試験が終わってデスクに空きが出るようになった頃合いを見計らって医学分館の所蔵資料を実見してみたところ、リストの資料は次のような按配になっていた。

  • 1918(大7)鈴木文太郎『人体系統解剖学』第1巻(http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/931491/222)は、本文五号サイズ(3.70〜3.71mm角)で、小字が9.0米ポイント(3.1626mm角)。本文書体は従来知られている通りの「後期五号」型。
  • 1918(大7)鈴木文太郎『人体系統解剖学』第2巻は、本文五号サイズ(3.71mm角)で、小字が9.0米ポイント。本文書体は「後期五号」型。
  • 1918(大7)農務省『香料の研究』(http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/946875/531)は、本文10.5米ポイント相当(3.69mm角)。医学分館には「E04-370」と「F10-1095」の2点所蔵されているが、同じエディションである。本文書体は「後期五号」型。
  • 1920(大9)鈴木文太郎『人体系統解剖学』第3巻は、本文五号サイズ(3.70〜3.71mm角)で、小字が9.0米ポイント。本文書体は「後期五号」型。
  • 1925(大14)水谷通治『水素イオン濃度測定法』標示薬法之部(http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1017937/110)は、序文四号(4.83mm角)四分アキ、本文五号サイズ(3.67mm角)四分アキ、小字8.0米ポイント相当(2.81mm角)。本文書体は、上述の魔導書すなわち昭和11年の五号総数見本に見られるものと同じ、仮称「10ポイント五号」型。
  • 1925(大14)森慶三郎『最近上水道詳論』(http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1016703/257)は、序文四号(4.83mm角)四分アキ、本文10.5米ポイント相当(3.69mm角)四分アキ、小字8.0米ポイント相当(2.81mm角)。本文書体は仮称「10ポイント五号」型。
  • 1926(大15)水谷通治『水素イオン濃度測定法』瓦斯電池法之部は、序文14米ポイント(4.9196mm角)四分アキ、本文10.5米ポイント相当四分アキ、小字8.0米ポイント相当。本文書体は仮称「10ポイント五号」型。

なぜ「10ポイント五号」などというややこしい仮の名をつけたかというと、「魔導書」と呼ぶ、この「五号活字」であるはずの昭和11年版総数見本が、どういうわけか10.0米ポイント全角アキで組まれているという事情に由来する。
三月時点での観察からは、関東大震災によって五号の父型・母型を焼失した築地活版が、「10.0ポイント(3.514mm角)」「10.5ポイント(3.69mm角)」「五号(3.71mm角)」の活字を鋳造する際に共通する雛型を使うようになった――と考えるのが合理的な説明かと思ったわけだが、実際のところはよく判らない。



引き続き震災前後の状況をチェックするため、改めて東北大学附属図書館医学分館が所蔵している1921(明治45/大正元)年から1925(大正14)年に刊行された資料295点を総点検した結果、やはり震災がターニングポイントだという意を強くし、「築地体ポイント系五号」というキーワードを獲得したのが五月末頃のことになる。

こうした調査を踏まえて、ある程度の確信を持った状態で、『アイデア367号368号活字鑑定では「築地ポイント系」という呼び名を使うこととした。



六月からは調査対象を「1913(大正2)年から1937(昭和12)年」の範囲に拡大し、『アイデア』368号の発売日である12月10日に至って漸く延べ2232点の資料をチェックし果すことができた。
この範囲で見つかった、築地活版が刷った初版本は69点だ(複本含む)。
ここでは、この69点の資料を精査することにより、「築地ポイント系」という単純な呼称を再考する必要が生じつつある――とだけ記すこととして、詳細は近日中に取りまとめてタイポグラフィ学会経由で報告したい。