日本語練習虫

旧はてなダイアリー「日本語練習中」〈http://d.hatena.ne.jp/uakira/〉のデータを引き継ぎ、書き足しています。

オルタネートゴシックがゴシック体の起源という迷信

1903年に American Type Founders からリリースされた Alternate Gothic がサンセリフ系の活字書体を「ゴシック」と呼ぶ流儀の源だという俗説は、日本のこととしてもアメリカのこととしても適切ではない――という件を、ざっくり記します。


アメリカの状況について、例えば Boston Type Foundry の1860年版活字見本帖を見ると、ブラックレター系統のものが「Black」とか「Anglo-Saxon」とか「Text」なんていう風に呼ばれています(http://archive.org/stream/condensedspecime00bost#page/n47/mode/2up)。サンセリフ系統のものの呼び名は「Gothic」です(http://archive.org/stream/condensedspecime00bost#page/n81/mode/2up)。

Bston Type Foundry(時期により Boston Type and Stereotype Foundry とも呼称)は1837年に米国で初めて「Gothic」活字を売り出した会社ですが、ATF発足以前の全米最大手だった Mackellar, Smiths & Jordan Company の1878年版活字見本帖においても、スラブセリフ系が「Antique」(http://archive.org/stream/cu31924032183760#page/n331/mode/2up)、サンセリフ系が「Gothic」(http://archive.org/stream/cu31924032183760#page/n383/mode/2up)、ブラックレター系が「Text」や「Black」(http://archive.org/stream/cu31924032183760#page/n593/mode/2up)と呼ばれています。(フラクツールなら「German」ですね(http://archive.org/stream/cu31924032183760#page/n649/mode/2up))。

19世紀のアメリカにおいては、活字書体をそのように系統分類(あるいは呼称)することが事実として一般的だった――というのは、ウェブスター辞書が傍証になるでしょう。
1828年版の「Type」の項(http://twitpic.com/44p5xx)と、1864年版の「Type」の項(http://twitpic.com/44p6ka)を見比べてみると、この間に紙面の多書体化が辞書組版にも及んでいることと、19世紀半ばのアメリカにおける活字書体の一般的呼称を知ることができます。

ATFのオルターネートゴシック登場以前、19世紀のアメリカにおいてはサンセリフ系の活字を「Gothic」、ブラックレター系の活字を「Text」や「Black」(あるいは「German」)と呼んでいたという点については、以上でご確認いただけたかと思います。


1864年のウェブスターは、日本で、棚橋一郎・F.W.イーストレーキ共訳『ウェブスター氏新刊大辞書和訳字彙』となりました。1888年に出版されたこの和訳辞書の「Type」の項に原本と同じ図版が掲げられている(http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/869978/603)だけでなく、邦訳版では、原本には見られない「Gothic」活字の解説もあります(http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/869978/194)。

棚橋・イーストレーキ訳ウェブスターが出版される少し前、1886/明治19年6月1日付の『官報』外報欄の小見出しに見られる角ばった活字(http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2944088/5)が日本語「ゴシック体」活字の初出用例と考えられております(http://ci.nii.ac.jp/naid/110009480365)が、この活字を造った印刷局自身がこれを何と呼んでいたかは判っていません。

少し遅れて、1891/明治24〜1892/明治25年頃に、東京築地活版製造所の和文ゴシック体活字が新聞・雑誌の広告に使われるようになっていきます(http://togetter.com/li/106056)。築地活版は自身の和文ゴシック体活字を当初「ゴチック形」と呼んでいたことが、1894/明治27年の『座右之友』によって判っています(http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/755589/47)。

明治中期にはこの「ゴシック体」活字のことを単に「太字」と呼ぶ活字見本帖もあるのですが、概ね「ゴシック」や「ゴチック」で安定しています。


以上のような状況を経て20世紀に入ってから登場するATFの Alternate Gothic 活字ですが、登場前後の状況を見ると、American Type Founders の Morris Fuller Benton が、合州国の様々な Typefounder が保有していた「Gothic」活字を二十世紀のATFに相応しい活字書体へと整理してまず「Franklin Gothic」(フランクリンゴシック)を発表するのが1902年。次いで1903年に発表されたのが「Alternate Gothic」(オルタネートゴシック)で、更に1908年に「News Gothic」(ニュースゴシック)が発表されます(http://archive.org/details/americanspecimen00amer)。そもそも19世紀からアメリカではサンセリフ系活字を「Gothic」と呼んでいただけでなく、20世紀型を作るのにあたって、最初にリリースしたのが「Alternate Gothic」だったわけでもありません。

なお、オルタネートゴシックがどのように「Alternate」であるのかについては、在欧新進タイプデザイナーである大曲都市さんが「ゴシックという名称の由来」(http://tosche.net/2013/08/origin-of-gothic_j.html)の続編あるいは姉妹編を用意されているようなので、皆さんご一緒に、楽しみに待ちましょう!


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