日本語練習虫

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三谷幸吉『印刷料金の実際』メモ

三谷幸吉自身が断片的にせよバイオグラフィを記したものと思はれた『印刷料金の實際』(昭和二年、印刷改造社)なんだども、己が知る限り、国会図書館の「禁複写」本と、中央区立図書館の別置書庫のもの、そして印刷図書館里帰り本の、三点が国内に存在する模様。
中央区京橋図書館を訪ねたところ、「別置書庫」というのは中央区の各図書館ではない「別置」になっている書庫に収蔵されている資料とのことで、予約して一週間程度待ってから各図書館内で閲覧させていただくことになるといふ。
同日は印刷図書館がネット掲載もない臨時休館だったため、国会図書館へ。副題が「勞働賃金標準率」および「勞働爭議解決法」であることを知った。
目次を写しておく。

第一章 總論
第二章 矛盾
第三章 印刷料金破壞の程度
第四章 印刷業の性質
第五章 責任感念
第六章 印刷料の意義
第七章 印刷工の性質
第八章 素人印刷工場のつぶれる原因
第九章 印刷の社會化
第十章 印刷料金か? 當素放か?
第十一章 東京、神戸印刷同業組合の變調
第十二章 印刷料金――評價
第十三章 簡單なる見積方法
第十四章 印刷料金と印刷工の賃金
第十五章 印刷料金は一定不變のものでない
第十六章 邦文モノタイプ及單式印刷の価價何程
第十七章 勞働爭議解決法
第十八章 須らく社會の大局に着眼せよ
第十九章 東京印刷同業組合の矛盾せる見積
第二十章 結論

附録
版面組付順序表
植字場器具異名表
判面種類、字詰、行数表
新型製本仕上寸法表
四六判取方寸法表
菊判取方寸法表
枚数取方早見表
和洋紙全紙寸法表

目次に掲げられた「附録」については、国会図書館所蔵本には見あたらなかった。中央区立図書館所蔵本と印刷図書館所蔵本は上記理由により未見。
……
何しろ禁複写本ゆえ限られた時間内で隅々までキッチリと確認し切ったわけではないんだども、小野寺逸也「第一次大戦後の印刷労働運動と三谷幸吉」が触れてゐないディティールに興味深い箇所があったので、抜き書きしておく。三谷家が代々士分格云々といふ件が記された、『印刷料金の実際』第七章「印刷工の性質」一九〜二〇頁より。

自分本意で申す譯ないが手近かな處から申上げるのでありますが、私が初めて印刷に從事したのは福井縣福井市で、時は明治三十年の五月でした。丁度小學校の卒業期の直後であつたゝめに、其年に福井で印刷見習工は十四、五人も在つたと思ふ。其内で平民の子供は三、四人で後の十一、二人は皆士族であつたのである、其當時私が初めて入社した會社の職工(活版)は文撰三人、植字一人、ロール方一人、ハンド方一人、見習四人、運轉工(ブリ𢌞し)一人であつたが、殆と士族で其内で文撰工一人、見習二人が平民で、後の九人は士族であつたのである。又其後途中から入社された重役の職工長是れも矢張り士族であつたから、職工達の言ふこと、成すことが、皆職人らしい、勞働者らしい事は一つとして無い、唯何となく意地張つた様な言葉付きで、武士臭い所が餘程あつた。

演説口調の口語体で全篇綴られている本文のところどころに、かうしてバイオグラフィの断片が記されてゐたわけなんだども、全体像は書かれてゐねがった。
ちなみに上記の人員構成から、ロール印刷機に関して、印刷の調整をする係(ロール方)と動力を担ふ係(運轉工)の二人組で刷ってゐたらしいと判る。運轉工が「ブリ𢌞し」と別称されてゐるのは、人力による運転といふ意味だらうか。