日本語練習虫

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小谷充『市川崑のタイポグラフィ』と「エヴァ明朝」

あちらこちらで絶賛されてゐる小谷充『市川崑タイポグラフィ』(asin:9784880652405)を拝読。
あの『犬神家の一族』の明朝体は金属活字由来の三書体のうちのどれなんだ? ……と追ひ詰めていき、かつ奇妙な異書体混植の理由を解読するに至る第一章。
タイポグラフィの観点から、意図されたスクリーンサイズ設定に迫る第二章。
以下、啓蒙的な解説文や豊富な図版の使用に支えられ、とても解りやすくかつ説得的に展開される本書の、書籍としての設計(design)が著者自身の手がけたものといふ点で二度脱帽。
……
ところで、『市川崑タイポグラフィ』にとっては小さな周辺エピソードのひとつに過ぎない「エヴァ明朝」のことについて。
同書二二六ページに、かう書かれてゐる。

新世紀エヴァンゲリオン』のサブタイトル書体は「マティスEB」(一九九四)。日本語のデジタルフォントが欠乏する状況をいちはやく察知して、一九九〇年に香港から市場へ参入したフォントワークス社とデザイナー佐藤俊泰が共同開発した書体である。庵野秀明は監督デビュー作『トップをねらえ!』の予告映像において、混植組版を解くまでにはいたらなかったが、“いわゆる市川崑明朝体”が石井特太明朝体であることをつきとめ、これを採用したオマージュ表現をおこなっている。したがって市川崑が好んで用いた明朝体を知りながら、『新世紀エヴァンゲリオン』では意図的に肉太の別書体を使っているわけである。マティスEBを徹底して用いる関連商品のありようや、さらにひとまわり太い「マティスUB」を劇場版(一九九七)に用いていることから、庵野がこの書体にこだわりをもって使用しているのは明らかである。

確かにエヴァの映像にはマティスPlus-EBが使はれたと現存映像で確認できるんだども、己の記憶や多くのウェブ上の記述が確かならば、並行して販売されたLDジャケットにはリュウミンU-KLが使はれた筈だ。
といふ細瑕の話はさておき。
テレビ版タイトルがマティスPlus-EBなのは「当時アウトラインが取れるヒゲあり極太明朝の選択肢が他に無かった」といったことを書いたエヴァ本があったと思ふ己なんだども、書名・論者名ともに思ひ出せない。
当時あくまで読者や視聴者としてしか関ってゐないんだども、『トップをねらえ! 』が制作された1988年から『新世紀エヴァンゲリオン』TV放送開始の1995年までといふのは、Macintoshで言へば漢字Talk 2.0から(1993年の漢字Talk 7とヒラギノ書体シリーズ登場といふ大きな節目を経て)漢字Talk 7.5へといふ時間が経過してゐる。
前述の“トップ”から“エヴァ”への書体の変化は、単に「より太い書体を求めた」のではなく、庵野監督が市川崑へのオマージュとして「アニメで太い明朝体を使ふ」といふ選択をする際の一般的な技術のベースが写植書体からコンピュータ書体に切り替ってゐた(切り替りつつあった)といふ背景があるんぢゃないか、といふ気がする己。
……
選挙速報のテロップ書体変遷をtwitterで速報される方など、テレビの書体に関心をお持ちの方で、当時のテレビアニメを幾つもご記憶の奇特な方が、そのあたりの時代背景を解明してくださるに違ひない。